sakura-blossom
<< September 2020 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 >>

宴、終わらない

5日の20時からのナゴヤドームの配信、皆々様おつかれさまでしたー!個人的に夏休みど真ん中ということもあり、がっつり楽しむ態勢で当日を迎えました。改めて、むちゃくちゃいいライヴだったし、これを30周年の、自分たちとしては初のハコであるナゴヤドームで出来ちゃうのがすごいし、12月28日のスペシャル感は健在だし、本当につくづくいい時間だったなと。それに尽きる。

 

…いやそれに尽きるわけでもないんだけど!とはいえ散々ツイッターでこまけぇことを言い散らかしたので、そして同じ話を2度できないので(しっかりして)、ここではむたくた個人的な話をします。

 

この5日の配信を楽しみにしていたのは、単に去年の暮れのライヴ映像が見られる!というだけではなくて、とうとう、とうとう、“I”をやったところを現認できる!というのが大きかった。いやその場にいたんですけどね。めっちゃ現認してたんですけどね。でもあまりのことに視野狭窄を起こし(「字幕出てたね!」「えっ知らない」)記憶が混濁し(「何の曲のあとだっけ?」「パンチドランカー!」)、果たしてあれは…現実?それともあまりにも切望しすぎたために見た集団幻想?みたいな気持ちになっていたからです。そう、それほどまでに私と、私の友人たちは、この曲が演奏されるのを首を長くして待っていました。もはや首を長くし過ぎたと言ってもいい。

 

思い起こせばあれはもう…20年以上前(てけとう)、このバンドにはまりたて、沼の入り口に立ってさーあ今からドボンといくよー!状態だった私は、ネットで知り合った友人の家でTHE YELLOW MONKEYが出演した過去のテレビ番組を編集した、通称「裏ビデオ」を喜んで見ていました。そこにあったんですね。1995.12.31、年越しの渋谷公会堂、LIVE DI;GAの放送ぶんが。実はこの時の放送の一部はDVD「ライブ帝国」に収録されているので、お手持ちの方はぜひ確認してほしい。放送時には1曲目のラブコミから「いやおまえ…マジでイッちゃってるな?」と言わんばかりに吉井和哉がギランギランのメランメランでエロンエロンだったわけですが、それがもう、全編続くんです(太陽が燃えているとかすごいヨー!)。そこに投下された“I”。「金切り声で幸せと」って、そういうことかぁ…と思わず赤面するようなアクションもさることながら、「ハイになって」で指を突き立てて見せる吉井。いやロビン。その眼。まるで画面から銃で撃たれたかのように私は後ろにひっくり返りました(物理)。なんだこれ。なんだこのえろいあれは。なんだこのかっこいい生き物は。

 

そこからずーっとわたしの“I”待ちが続くわけですが、これが!また!その直前までわりと頻繁にセットリストに入っていたくせに!突然ぱったりとやらなくなった。1996年1月の武道館の公演では「お馴染みのアンコール」とかまで言ってるくせに!そこからの歳月たるやですよ。バンドが解散する前から、たとえばメカラ10でわりとSmileがフューチャーされたときも、SEE-SAW GIRLまではいくんだけどねー!イエ・イエ・コスメティック・ラヴまではいくんだけどねーー!!“I”が出ない。出ないったら出ない。そうこうしているうちにバンドが解散し、これでわたしの“I”を聴く目も消えた、そう思うでしょう?ところがどっこい、私たちはひるまなかった。いや解散当初はひるんでましたけど。ひるんでっていうか、思うところありまくりでしたけど。吉井和哉はソロでもなかなかに、なかなかのバンド楽曲を挟み込んでいたので、ワンチャン…ある?ない?ある?そう言い続けてきました。ライヴのたびに。20年以上!すさまじい執念です。解散中でさえそうなんですから、2016年の再集結後はいわずもがなです。

 

しかし、さすがに長いこと言いすぎて、もはやこれは「叶えられないことをネタにしたお約束」のようになってきていたことも事実です。ライヴの前に集まり、ワイワイ話しながら、今日こそ“I”、やるんじゃね?あるでしょ!あるある!と言い合い、終わった後は「やんなかったねー!」と言い合う。そういうお約束。っていうか吉井ちゃん、この曲のこと忘れちゃってない?大丈夫?なんならもうアニーが勝手に始めちゃえばいいんじゃないかな!っていうかとつぜん「僕は」とかカンペを出したらいいんじゃないかな!「僕は」ぼくは…愛撫のために生きてます!って入ればこっちのもんなんじゃないかな!こういう話を真剣にしている時点でもうだめだ。お薬多めに出しておきますね。

 

しかし、今回はマジで風向きがひょっとして…来てる?という感じがありました。なんか、名古屋のラジオで、再集結後初めてやる曲がある、って言ってたりとかして、もしや!?みたいな(後から思えばこれはシルクのことだったのだろう)。雑誌のアンケートで、ライブで聞いてみたい曲の1位に“I”が入ってたりとか。なんだろう、きてる?きてるのか?そう思わせる何かがありました。

 

ナゴヤドームの開演前も、いつものように「“I”やるでしょー!」「やるやる!」と言い合ったわたしたち。しかしそれが現実になったら、なったら…視野狭窄と記憶の混濁ですよ。いやもう信じられなかったですもん。先日の配信でも、もうDANNDANあたりで「もうすぐだ…」と思うと緊張していてもたってもいられなくなるぐらいですもん。何やるか知ってるのに、セットリスト見てるのに、あのイントロで「うそぉ!」と何回でも言ってしまうぐらいですもん。

 

何より私が嬉しかったのは、この積年の、まさに宿願が果たされるその場に、ずーっとこの楽曲への渇望を分かち合ってきた友人が全員居合わせたことでした。わたしが“I”ばっかり集めたDVD作ったりして、それをわははわははと笑ってきた時間、やるでしょー!やるやる!と言い合ってきた時間、惜しかったー!てっきりSmileの流れがきたかと思ったのにー!と言い合ってきた時間を共有してきた友人が全員、その場に立ち会った。友人のひとりは諸々の事情で遠征ができないので、当初はドームツアーも東京だけの予定だったんだけど、名古屋いきたい、なんか予感がする、そういって開演時間早いから、日帰りワンチャンあるのでは?と参戦することになったんですよ。いやこの人のこういう勘というか、まさに第六感的なものってほんとうにすごい。もうふるえる。西野カナばりにふるえます。

 

会場からホテルに向かうタクシーの中で、全員がどちゃくそ早口でぎゃいぎゃい話して、パンチドランカーのあとだった!って私が大ウソこいて、シルクよかったーパンチめっちゃやばくなかった?ブギー2連発!ともう言いたいことがとめどなくあふれて、日帰りする友人を新幹線乗り場まで見送って、残ったふたりで肉でも食うか!つって焼肉食べながらずーっと反芻して…そういったことのすべてが、ほんとうにここまで、ここまで思い続けてきた私たちへの、盛大なご褒美の時間だったと、いま振り返ってみて改めて思います。

 

いつも私と一緒にライヴを見てくれる友人とは、わりと事あるごとにライブの最中に手を掴んだり肩を掴んだり抱き合ったりして喜びを爆発させちゃうんだけど、このナゴヤドームの“I”のときほど、ぎゅうぎゅうに抱き合ったことはなかった。抱き合いすぎて眼鏡が曇り、そのあとのSUCKが始まってから二人おもむろに眼鏡を外し、同時に拭き始めたのが最高におかしくて、SUCKが入ってこねえ!と言いながら笑ったこと、わたし一生忘れないとおもう。

 

このバンドにはいいときもわるいときもあって、だからファンにとってもいいこともわるいこともあって、でもこういう「一生忘れないとおもう」っていう瞬間をほんとうに、ほんとうにたくさん積み上げさせてくれていることは間違いない。このバンドを好きになった瞬間からそれは始まっていて、今なお続いているのも、すごいとしか言いようがない。

 

配信で改めて見た2019年12月28日のTHE YELLOW MONKEYは、もうすべてがかっこよくて、セットリストも最高で、パンチのツアーに魂のかけらをとられてしまった人間としては、パンチドランカーめっちゃかっこよくない!?ってツイートを検索してはそうであろ!そうであろ!とニマニマしちゃうし(誰目線)、ブギー2連発の見事な繋ぎ、最新曲であるballoon balloonからライブの帝王A HENへの流れ、センターステージで水を得た魚のように生き生きするメンバー、本編が3rdアルバムの1曲目であるSECOND CRYから始まり、2ndアルバムラストの「シルクスカーフに帽子のマダム」で終わる、まるでTHE YELLOW MONKEYの歴史をぐるっとたどるような構成になっている心憎さも、アンコールの最後の最後まで、そこまでアンコをぎゅうぎゅうにつめなくてもいい!ってぐらい楽曲をぎゅうぎゅう詰めこんでくるサービス精神も、なにより、この広いドームを演出や環境の力を借りずに、自分たちの楽曲とパフォーマンスだけで手のうちに掴んだことがわかる、まさに圧巻の3時間だったなと思います。

 

いろんな事情があって、DVDやBlu-rayでの発売が困難なのかもしれませんが、この日のライヴは絶対にのちのち、「あー完全版出しておけばよかったのに」ってみんなが言う、そういうライヴであることはもう、間違いないので、ぜひ円盤化を検討していただきたいです。既発のライヴ映像なめるように見倒して全曲感想とか書いちゃう女の言うことを信じてください。このカシオミニを賭けてもいい。

 

そうそう、私は上記のような事情から、メンバーのチャット…?そこまで手が回らねえ!とチャット度外視スタイルで見ていたので、あとからチャット機能がダウンしたことを知りましたが、ライヴ見ながらうだうだ喋るメンバーの映像が見られるというおまけがついてきてなんだか申し訳ない気持ち。なんだったらこれを円盤の特典にしてくださってもいいんだよ!

 

配信という形ではあったけれど、画面を前に楽しさと嬉しさと音楽への渇望を爆発させることができて、好きなものへの好きな想いを爆発させることができて、とても楽しい時間でした。そして次、そして次です。配信を見たら、やっぱりどうでもライヴに行きたい、そう思わせるバンドの、次を待っています!

22:29 | comments(2) | -

生き続けよ 絶望が最後ではない

THE YELLOW MONKEY 30th Anniversary LIVE

★30th Anniversary LIVE -DOME SPECIAL-

 2020年11月3日(火・祝) 東京ドーム

 

★30th Anniversary LIVE -YOKOHAMA SPECIAL-

 2020年11月某日 横浜アリーナ

 

★30th Anniversary LIVE -YOYOGI SPECIAL-

 2020年12月7日(月) 国立代々木競技場第一体育館

 

★30th Anniversary LIVE -BUDOKAN SPECIAL-

 2020年12月28日(月) 日本武道館

ドラマチックなバンドだなあ。

つくづく、そう思う。

 

THE YELLOW MONKEY初のドームツアーのラスト、東京ドーム2daysが延期(もしくは中止)となることは3月末にアナウンスされていたが、きょう6月の末日にとうとうその代替公演が発表された。すでに販売した東京ドーム2日間のチケットはすべて払い戻し、その代わりドーム1公演を含む4公演を新たに設定、4公演のいずれもこのバンドにとってエポックなハコが選ばれている。観客のキャパシティは今のところ「0%から100%の間としか申し上げられない」。メンバーのコメントも同時に発表されており、吉井和哉によれば「当日目の前にあるのが何かはわからない」、つまりたとえ無観客でもライヴ自体は行われる、ということだ。

 

単に中止とするのか、延期とするのか、延期とするならいつなのか、いつなら100%のキャパを維持した公演が打てると確信できるのか、延期公演を設定した場合のリスク、どれぐらいの観客を入れられるかわからない状態で大箱を抑えるリスク、果たしてその状態でのライヴをメンバーは望むのか、ファンは望むのか、なにもかもがわからないなかで、そういったひとつひとつをこの3か月の間、このバンドを取り巻くひとたちで考え続けてくれていたのだろう。

 

そしてその結果として提示された4公演。「わがままを許してください」という吉井さんのコメント。この提示された4公演すべてに、意味があると思えるものしかしたくない、というこのバンドの―――メンバーのでも、スタッフの、でもない、THE YELLOW MONKEYという生命体の意思が、炎となって見えてくるような気さえする。

 

どうなるかわからないなかで、これをやろうと決めたこと。物語があるなあ、と私はおもう。以前、結局のところ私は、THE YELLOW MONKEYという物語をずっと読んでいるだけにすぎないと思ったことがあるけれど、こんなにも長い間、まさに巻を措く能わずもかくやというほどに、私を惹きつけて離さない。

 

この3か月余り、それなりに楽しく過ごしてきたとおもう。仕事に行って、家に帰る、映画も演劇もない、判で押したような毎日ではあったけど、それなりに楽しく過ごしたとおもっている。それができたのは、考えないようにしていたからだ。よしもとばななの「満月」の一節を借りれば、「そうして私は楽しいことを知ってしまい、もう戻れない」という、その戻れない夜のことを考えないようにしていたからだ。きょうの一報を目にして、すっかり火の落ちた溶鉱炉にもういちど火が入るような感覚を覚えた。どうなるかわからないが、わたしの欲しい「それを知ってしまい、もう戻れない」ものがそこにあるということだけで、こんなにも「生きてる」と思えるものなのか。それを実感した。どれだけ時間が経っても、距離が離れていても、私という人間のエンジンがどこにあるかを思い出させてくれた瞬間だった。

 

森羅万象乗り越えて、絶対にまたあの夜に会いに行く。

そう思わせてくれてありがとう。

 

22:46 | comments(3) | -

30周年が来たりて笛を吹く #30「未来はみないで」2020.02.11京セラドーム大阪

30 memorable shows of 30 years、その名の通り30周年になぞらえた30回のシリーズ企画だったので、今回で最終回。東京ドーム公演が延期(もしくは中止)となってしまったので、この企画もどうするのかな、30回と言わず続けてくれてもいいけどな…とひそかに思っていたが、最初の企画の趣旨通り、30回でピリオドが打たれることに。

 

というわけで今回はバンドの最新曲「未来はみないで」。この最終回が4月10日ってことを考えても、おそらく本来なら東京ドームの映像が使われるはずだったんだろうなあ…などとおもう。今回の映像は京セラドームのもので、先日Love musicでも同じ映像が放送で使用されていた。

 

この楽曲をめぐるエピソードとして、2016年の再集結第1弾として用意されていたけれど、直前にできあがったALRIGHTが第1弾の椅子に座ることになった…という話が明かされているが、しかし今のこの状況、つまり世界中が明日をもしれぬ運命の嵐のただ中におり、何もかもが不確かなこの時に、最新曲としてこの楽曲が世に出たのは、運命とひとことでは済ませられないような、なにかこのバンドのもつ引力めいたものを感じないではいられない。

 

「未来」を「みないで」とする語感だけをとらえると、ややもすればネガティブなイメージになりそうな気もするし、これを再集結第1弾に?と思うと若干センチメンタル成分が多いのでは…という感じがするが、個人的にはこのタイトルを聞いたとき頭の中で連想したのはオーデンの「見る前に跳べ」という詩である(私が知ったのは大江健三郎からですが)。Look if you like, but you will have to leap(好きなだけ見ていてもいい、だがきみは跳ばなければならない)。「跳ぶ」前にいろいろなことを…それこそ、彼ら自身にしかわからないいろんなことを考えたであろうことを想うと、この曲を再集結第1弾の楽曲として候補にあげたのも、わかるような気がしてくる。

 

この京セラドームでの演奏は文字通り人前での「初出し」演奏で、かつてメカラウロコや、パンチドランカーツアーの終盤などで、「ライヴの最後にいちばん新しい今の自分たちを見せる」ことをよくやっていたバンドの空気が感じられる。初出しならではの丁寧さが楽曲を彩っていて、とてもよい。

 

吉井和哉はかつてソロのアルバムリリース時のインタビューで「アルバムの最後の言葉がいちばん言いたいこと」と語っていたことがあるが、シーズン2の最後の言葉がいま、彼のいちばん言いたいことなのかもしれない。この言葉で楽曲が締めくくられていることに、やはり、このバンドのもつ引力のようなものを強く感じる。「また会えるって 約束して」。

19:25 | comments(2) | -

30周年が来たりて笛を吹く #29「審美眼ブギ」1993.08.17 日清パワーステーション

日清パワステ、THREE DOG NINGHT最終日のドーベルマンDAYから「審美眼ブギ」いただきました!こんなんなんぼあってもいいですからね!この日の映像は20周年のときにBSフジ(フジNEXT)が製作した「メカラウロコ20・完全版」で、この日のみの登場となった「ジョアンナ」の「最後のワンピース」の映像をちらっと拝見したことがあるくらいで、この審美眼ブギはまるっと初お目見えな気がします。おれ いえろーもんきーの みたことないえいぞうみるの すき…(そうだろうよ)

 

紹介文にもあるとおり、この曲はメディアへの痛烈な風刺をこめた作詞が印象的な曲なんですよね。「キリンの首をちょん切って馬にする」…って、まさしくマスメディア!「審美の目玉が割れてるよ」「あんたの批評が大好きさ」ああ、たまらん。特に最後の、「ライター!リスナー!DJ!I’m gonna suck you!」のときの吉井のキレッキレのまなざしは披露される年代を問わず共通していて、この曲を作った当時の叩きつけるような情熱を感じさせるところ。それにしてもこの頃の吉井さんの美貌、すごいね。

 

「長さは50.56センチ」が1stアルバムのトータル・タイムになっているのは、再集結当時に公式が企画した「TYMS検定」(すでに懐かしい)でも設問にとりあげられてましたね。

 

しかし、予定ではこの企画、あと1本で終了となるんですが、今回が審美眼ブギだったのは最初から決まっていたのかな。この曲の最後で吉井さんが東村山音頭の志村けんさんのギャグ(ワーオ!)をやるのが恒例だったりしたので、そういうささやかな献花的な意味合いもあったりするのかな…とちょっと思ったりしました。

23:39 | comments(0) | -

30周年が来たりて笛を吹く #28「WELCOME TO MY DOGHOUSE」2001.01.08東京ドーム

解散前最後のライヴ、2001年1月8日東京ドームのラストナンバー。ここでは入っていませんが、この曲に入る前に吉井がアコギで発売前だった「プライマル。」の一節を弾くところがTHE YELLOW MONKEY LIVE AT TOKYO DOMEのDVDでは確認できます。

 

この段階ではあくまでも「休止」でしたのでファンは「これが最後」という聞き方をしていなかったですし、解散を発表したあとの東京ドームでJAMをやっているので、厳密にいえばこれはTHE YELLOW MONKEYの解散前最後の1曲、ではないと言えるんだけど、あとから振り返ればこのWELCOME TO MY DOGHOUSEこそがTHE YELLOW MONKEYの最後の1曲だったんだなと思いましたし、この曲に始まり、この曲に終わる、というのがこのバンドらしいところだなと思ったことを思い出します。実際、2017年の東京ドーム公演のときに、この曲で幕開けを飾ったのも、ご当人たちにもその意識がおありになったからではないでしょうか。

 

私はこの曲を「犬小屋」という愛称で呼ぶのが大好きなんですけど、文字通りバンドの誕生の時からずっとライヴにおける「極め付き」の1曲の座を譲らずにきた楽曲ならではの貫禄が大好きです。この楽曲をやっているときの彼らは、天井知らずにかっこいい。どれだけカッコよさを積み上げても、必ずこの曲でそのカッコよさの最高到達点を超えてくる。

 

2019年8月6日に行われたLa.mamaでのスペシャルライヴでも最後の曲はこの犬小屋でしたが、この曲の歌詞「華やかに見える道化師の黒い見世物小屋へようこそ」はまさにあの低い、黒い天井を見ながら歌うためのものとおもえるし、それをもっとも大きなハコである東京ドームで同じように「ここから早く出たいよ」と歌って絵になるのが、本当にこのバンドのドラマチックなところだなと感心してしまいます。

 

来月の東京ドームは延期にむけて調整中となりましたが、またいつかこの極め付きの楽曲をあの場所でぶちかましてくれることを信じて待っています。

22:09 | comments(0) | -

また会えるって約束して

3月27日18時に来月4日・5日の東京ドーム公演の延期(または中止)が決定した。当初は3月30日に開催可否のアナウンスを予定していると告知されており、事前に日付を指定していたのだが、こうなってみるとそれを前倒して週末に入る前に告知してくれたことはよかったと思う。今日(30日)はとても大きな悲しいニュースもあったし、これでもし開催の可否の発表も今日だったら、いろんな意味で情緒がもたない1日になってしまっていたのではないか。

 

もともとはこのドームツアーでセカンドシーズンの終わり、しばらくお休みに入る…ということだったから、開催できない場合は中止やむなしだろうと覚悟していたが、現在のアナウンスでは「できるかぎり延期の方向で」調整中だという。ありがたい話だし、うまく調整ができることを祈る気持ちだ。メンバーそれぞれに、そしてスタッフそれぞれにも今後の予定もあるだろうに、前向きの努力を続けてくれているというだけで泣きたくなるほどうれしい。

 

この新型コロナウイルスをめぐるニュースが出始めた当初は、私はそれでもまだ「4月は大丈夫だろう」と楽観視していた。それが日が経つごとに「開催できないのでは、できたとしても相当な批判を浴びるのでは」という懸念に変わった。3月19日の専門家会議において、「全国規模の大規模なイベント」の定義は「多数の人の移動が全国規模で発生する」だと知って「ぜったいダメなやつじゃん、いちばんやっちゃダメなやつじゃん」と頭を殴られる思いがした。そりゃ、東京ドームが大規模じゃなくて、何が大規模なんだって話だが、これが正常化バイアスというやつなのか、そうはいっても、東京でしかやらないし…などと考えていたので本当に蒼ざめる。ひとが動く点になるのがもっとも危険なこと、という認識をここで改めて叩きつけられ、文字通り目が覚めた、という感じだった。

 

それからは、「やるか、やらないか」よりも「万が一、開催するとなったらどうしよう」という心配の方が私の心を占めることになった。実際、仕事の方でも、その後こうした県外への「不要不急」の外出を禁じる通知も出たし、そりゃ黙って行けばわからないかもしれないが、その黙って行くというやつが一番いまやったらアカンことなのでは…と悶々とした。自分が、掛け値なしにもっとも入れあげ、骨絡みで愛するバンドの、何よりも大事なライヴという場に「やってもいけないかも」「いっそやらないでくれ」と願ってしまうことが、どんなに苦しく、うしろめたいか、それをひしひしと感じる時間でもあった。

 

でも、私もそうだが、なんとなくはっきりと「中止」と言葉にするのは避けたいというひとは一定数いたのではないか。皆、ぐっと奥歯をかみしめてこの時間を耐えていたと思う。ありがたいのは、メンバーをはじめとする創り手が、このわたしたちのかみしめている想いを「わかってくれている」と感じられるところだ。

 

THE YELLOW MONKEYのファンクラブ名称はBELIEVER.だが、正直なことを言うと、私はこの名称にそれほど思い入れがない。でも今は、こんなにもこの状況に相応しい名前はないんじゃないかとおもう。以前私が参加した、小沢健二さんのライヴで披露されたモノローグで、この言葉についての印象的なものがあった。以下は私のメモ。

Believe、信じること。アメリカのプロスポーツの応援なんかで「I Believe」なんて書いた幕やペインティングを見てもわかるとおり、信じるということはポジティブな意味で使われる。信じると力が出るから。信じる人、 believerを日本語に直訳すると「信者」になって、なんだか途端にネガティブな意味がまとわりつく。(中略)信じないと、力がでない。それはなんだか恋愛にも似ている。良い悪いではなく、何かを信じること。それにしても、「信者キモチワルイ」とひとは言うのに「恋愛キモチワルイ」と言わないのはなぜだろう。どちらもおなじことなのに。

僕はひとが何を信じてもいいと思う。そういう信じる人を僕は応援する。I Believe.と額に書いて9回裏ツーアウトでバッターボックスに立つ選手のように。

我々は今もしかしたら9回裏ツーアウトでバッターボックスに立っているのかもしれない。あるいは逆に、そのバッターを抑えようとしているのかもしれない。いずれにせよ、我々はBelieverである。我々は信じる者である。我々は何を信じてもいい。今できることは、何かを信じて、それによってうみだされた力を次につなげていくことだ。

私が信じているのはひとつの言葉です。

 

また会えるって約束して。

00:20 | comments(2) | -

30周年が来たりて笛を吹く #27「ネバーギブアップ」2000.08.06石川県森林公園

でました!公式の紹介文にもあるとおり、今まで2回しかライヴで演奏されたことのない、それも解散前のフェスでやったきりという、超レア楽曲「ネバーギブアップ」。ちなみにこの時はタイトルも決まっていなかったと思われ、後日発売されたロッキンオンJAPANに掲載されたセットリストでは「MTV」というタイトルで載っていました。

 

楽曲自体は解散前ラストシングルで、休止のドーム公演後に発売された「プライマル。」のカップリングですから、当然、ここにいる観客の誰ひとり、この曲を知らない。そして今回この映像が陽の目を見たことで明らかなとおり、楽曲自体も生まれたてのほやほや感がすごい。2016年に再集結したとき、同じくロッキンオンJAPANのインタビューで「(フェスで)歌詞うろ覚えのやつとかやんないですから!変な新曲のカップリングとか交ぜないからだいじょぶです!」と吉井が言っていて、おまえはどこのネバーギブアップの話をしとるんや…と思ったもんでした。

 

ポップヒルの方がひたちなかよりも1週間早いので、この時がアニー短髪のお披露目だったのかな。以前吉井が休止前のライヴでのエマのことを「武士みたい」とたとえたことがありましたが、こうしてみると全員にその空気がありますね。DJブーンもステージ上にいてリアクションしてくれているのがわずかな癒しといったところ。

 

歌詞が発売されたものと大幅に違うので、これはオタクにはたまらないやつだし、貴重資料!という感じ。とくにこの部分

「どうせ男は足りないから欲望にただ敏感だ それで女は悲しいから思い出だけが肝心だ」

「どうせ男はかよわいから欲望にだけ敏感だ だけど女は図太いから思い出だけが肝心だ」

吉井節!という感じですばらしい。思わずメモりました。それにしてもクッソどえろい歌詞ですね。「あたしもうダウン」のときの吉井のエロさ、なんか法律にひっかからないですか。大丈夫ですか。発売されたものも相当ヤバイけどこのほぼ仮曲みたいな状態はさらにヤバイ。いやーレアなものをありがとうございます!

20:09 | comments(2) | -