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あんなことこんなこと2016

あけましておめでとうございます。文字通り怒涛の2016年を終え、2017年新春を寿いでいらっしゃいますでしょうか。今頃メカラのレポ(もどき)をあげてお前はなにをやっておるのかという感じですが、完全にぐうたらな正月を過ごしておりました。そのいっこ前のエントリを書くのに集中力を使い果たした反動かもしれません。ほんとかよ。ま、それはさておき!1年前の今日、すべての火蓋が切って落とされたわけですね。私は何でも書いて残しておく派ゆえ、サイトの日記に1月8日の0時を待つ心境をリアルタイムで書いていたりしたので「そうそう、そうだったわ〜」などと振り返って1年の早さを実感しております。ということで折角(何が)ですから2016年のモーメントを総まくりたい。できるだけ長くならないよう簡潔にいきたい(無理だろ)(いやがんばる)。

 

1月
4日、REPUSMYT.COMというサイトがアレではないかという一報がRTで回ってくる。ヤバい。この思わせぶりさ加減!くさい!え!まじか!どうしたらええんや!パニックになる。自分が過去に書いたblogのテキストを読んで泣くという変態の所業に出る。他の誰が何をどう言おうと、ワシの姿勢はこれやけん、という気持ちでサイトの日記を最速で書き上げる。8日を座して待つ。うそ。蓋が開いた瞬間の私のツイート「賽は投げられたぞ!」その足でホテルの予約と予算案を組み上げる。スタッフを選ぶとかいう名目で行われた検定に参加。相当できた。やったねパパ!明日はホームランだ!さすがに好きなバンドを味なくなるまでしがむタイプのヲタである(自負)。

 

2月
新曲がラジオで解禁。平日!仕事!聴けない!FC最速先行の抽選発表。どの程度の確率でくるものなのか全く読めず、しばらく「当落」という単語を口に出せない病気にかかる。結果、4勝3敗。まだ慌てるような時間じゃない(by仙道くん)。SUPER指定席にかすりもしないが、とりあえず行けるかどうかが重要というスタンスは自分の中で解散前と全く変わっていないので「取れればええんや!」という浪花商人精神を大いに発揮する。職場の異動が本決まりになる。ガッデム。金がない。猿にかける金はあるが引っ越しにかける金がない。

 

3月
11日を過ぎたあたりから1日の進行が猛烈に遅く感じる病気にかかる。あと2か月、あと1か月と29日、あと1か月と28日…そりゃ遅く感じるわ!お薬多めに出しといて!ALRIGHTのPV公開。よしい…その、まえがみ…と数多の吉井ファンが一瞬沈黙するも「そうだったこの人めっちゃ髪の毛伸びるの早いんや無問題無問題」と気を取り直す。

 

4月
職場異動。通勤時間が6倍ぐらいになる(それまでが近すぎたとも言う)。さっそく心折れる。ツアー初日の1曲目が中継されることとなり、1曲目予想が公式サイトで開始。ツアースケジュールで開いていた8月に横アリ公演が「SPECIAL」と銘打ってぶっこまれることが発表される。横アリに異常な執着を燃やす我の本気と書いてポンゲが火を噴く。GW開けたらたぶん映画に行く暇もないだろうとシビルウォーを1日で3回キメる。眼精疲労がひどい。ばかなのか私は。お薬待ってます。

 

5月
絶対に体調を崩せないという強迫観念に苛まれるあまり体調を崩しそうになる、東海道新幹線が止まってしまった場合の移動方法などを考えて夜は眠れるけど朝起きれなくなる、職場の部下のマスク姿に異常に怯える、などの病気の諸症状がついに臨界点に達して迎えた5月11日。もうお薬も効かない。新大阪から品川までの距離が無限に感じられる。緊張が行き過ぎて痛覚がない人間のようにふわっふわの心持のまま代々木第一体育館に向かう。果たして、幕の向こうに4人はおり、まさに怒涛の日々の幕が切って落とされたのであった。幕の向こうの4人がまんま4人であり、「変わっちゃったわね」という台詞を差し挟む隙のなさに驚嘆する。代々木に続いて長野1日目にも参戦。シャトルバス乗り場を探している間にひとり遠征のお嬢さんに声をかけられる。THE YELLOW MONKEY見たさに初めてのひとり遠征だと言っていた。パンチ以来の長野ビッグハット。おセンチの花咲き乱れる。

 

6月
お友達と広島遠征。めっちゃくちゃ美味いあなごのひつむしを食べる。2016年ベスト食に食い込んでくるうまさ忘れがたし。アリーナの後方で見たが、距離に関係なくブチ上がれる自分を改めて再発見する。吉井ががっつりメイクをしてきたり、アニーが「今日が最高」と叫んだりツアーの成長を肌で感じる。帰りの新幹線の中で突然「THE YELLOW MONKEYが帰ってきた」という実感に襲われ泣き伏す。完全に情緒不安定な人のそれである。名古屋2日目への参戦を目論むも、会議日程に潰される。しかもその会議が踊ったあげく自分にほぼ関係ないという結果にこんな世の中に誰がしたと演歌の心持に。

 

7月
文字通り怒涛。大阪2days、さいたま2days、福岡2days、神戸2days、すべてに参加。大阪では吉井がMCで「解散という重い十字架」などと口走ったため思いもかけず動揺する。さいたまはこの長い不在の時間を一緒にこらえてきた友人たちとああでもないこうでもないとバンドの話を飽くことなくできて、それが何よりの幸福であった。二度と戻らない美しい日は戻ってくる。こともある。福岡では吉井が犬小屋で出だしを間違える、所謂「犬小屋事件」が勃発するが、この事件の肝は間違えたということではなく、間奏でその出だしのAメロを強引にぶっこんできた、奴の「転んでもただでは起きない」精神にこそある。かっこよかったよ!あと福岡民マジで盛り上げ上手!神戸ではツアー通常メニューは札幌を残すのみとなった寂しさからか「終わっちゃう」「終わっちゃう」と何度も吉井が口走り、完全に終わっちゃう妖怪と化していた。

 

8月
YOKOHAMA SPECIAL。そうまで言われてチケット取らない理由は私にはない。いや、そんな冠なくてもこの私が横アリをはずすわけない!と鼻息が荒くなる病気にかかる。発表になった時点で新横のホテルを押えており、新横はおれにまかせろ!と地元民でもないのに張り切る病気にかかる。SPECIALとかいって期待しすぎちゃいけないよねと心の予防線も張りつつ、いきなりのRAINBOW MANでTHE YELLOW MONKEYおまえはほんとにうれしい男だよと涙を流す。終演後2日連続でホールツアーと映画の告知。どんだけ働くんや!そして16年ぶりのひたちなかRIJF。期待に十二分に応えるステージで江戸の仇を、いやちがったひたちなかの仇をひたちなかで討つ。大阪サマソニの暑さでしぬ。あれはしぬ。ほんとうにしぬ。

 

9月
オーラス札幌!小樽で「時価」のうに丼に果敢にトライ、ライヴ打ち上げでは今まで食べていたジンギスカンとは…と真顔になってしまうぐらい美味いジンギスカンでいいだけ打ちあがる。食の王国札幌すばらかしき。いつもそうだが、吉井というかこのバンドはオーラスよりもひとつ手前ぐらいがいちばんセンチメンタルで、オーラスはもう前を向いていることが多いなと改めて実感する。アンコールのパールの前に、吉井の掛け声に3人が応じた瞬間はこの1年の中でもかなりのベストモーメントであった。4か月間の怒涛の日々が終わったと一息つく間もなく、12月28日武道館メカラウロコ27が発表される。もういくさはいやでござりまする…とかなんとか時代劇に出てくるおなごのようなことを言うわけもなく、竹やりで戦場に駆けていくタイプのヲタ、それが私。

 

10月
新曲「砂の塔」発売に向けてラジオ・テレビ・雑誌のラッシュ。すごい。ここまで15年間雨水だけで暮らしてきたヲタの頭の上から放水車でミネラルウォーター注ぎ込むようなこの所業。情報の大洪水や〜!(普通のことを彦摩呂ふうに言う病気)折しもradikoに「タイムフリー」という機能が装備され、エリアフリーもかけ合わせればほぼすべてのラジオを聴くことができるという、ヲタを躍らせる時代の到来を実感する。中でも古いお付き合いである相越さんとのやりとりは絶品であった。エマの「ねえ聞いてる!?」のトーン好きすぎた。テレビでは[Alexandros]と共演したミュージックフェアがかなり印象深い。シングル、初回盤にはアリーナツアー12か所の音源がついてきたり、FC限定盤には熊本でのフリーライヴのDVDがついてきたり、盤を買わせる努力惜しみなき。そしてメカラ当落発表。お友達からのLINEを見て職場の廊下で泣き崩れる(本当にありがとう!)

 

11月
メディアラッシュが一段落したと思う間もなくホールツアー開始。この時点でチケットが取れているのは長崎のみであり、初日から1か月以上先という事態に打ち震える。最初2〜3本行きたいな!とか思っていた自分を殴るしかない。殴るしかないと言いながらまだ大分ワンチャンあるんじゃねと大分行の旅程を組む私。この見通しの甘さ、殴るしかない。ツアータイトルからして、そしてラジオでのメンバーの発言からして「レアでマニアック」なセトリになることが予想され、とりあえずネタバレ防衛ラインを組む。防衛ラインが強固すぎてこの月、真田丸と逃げ恥の話しかほぼ、していない。そしてとうとう!念願の!紅白出場決定!夢はときにおそろしいほど叶う!おそろしい!

 

12月
長崎は今日も雨だった!うそ!パンチ以来の、思い出の長崎。すばらしい。ベストモーメントしかない。ホールツアーはグッズのデザインが珍しく良くて販売開始前2時間ぐらい並ぶが、それでも枡は買えず。おそらく人生初、売り切れている枡と先行販売で買ったTシャツとパンフ以外は買うという、ここからここまで全部頂くわ状態。私「これとこれとこれ…」物販のお姉さん「以上ですか」「まだあります、これとこれ」「以上で…」「まだあります」大人!こわいね!思い出のFOXYをまた長崎で聴けたことに感極まり、思わぬ所にぶっこまれたパンチドランカーにのけぞる。ネタバレ見ずにこれて本当によかったと思った。よくがんばりました。そして翌日大分公演のチケットもないのに大分に向かい、しかもそこそこ楽しんでしまうという自分たちのヲタヲタしいおめでたさを実感する。世界にTHE YELLOW MONKEYがいればそれが楽しいと言わんばかりである。そして年の瀬12月28日、運命のメカラ、運命の武道館。電子チケットであったため、スマホを失くす、落とす、落としたスマホを誰かが蹴って踏む、そのスマホが線路に落ちて電車に轢かれる、などの妄想が止まらない病気にかかる。いったい1年でどれだけの病気になっとるんや!無事会場に入ったあとの襲い掛かるおセンチメンタリズムは異常であった。大晦日は念願の紅白、しかもNHKホール、しかもJAM。完全に落ち着きを見失う(私が)。でもたぶん中原さんが見守ってくれていた。中原さんありがとう。本当におそろしいほど、夢は叶う。

 


再結成(再集結)が発表になって、私は自分がこのバンドのファンであることを全く隠していないので、いろんな人に心境を聞かれるました。でも毎度判で捺したように「よくわかんないんですよ」と答えていた。いや実際よくわかんなかった!考えすぎるとこわくなるので考えすぎないようにもしていた。人間緊張が行き過ぎるとよくわかんなくなるということを学びました。5月11日の当日、青山のホテルでお友達と待ち合わせ、会場に向かい、代々木第一体育館の中に入っても、まだよくわかりませんでした。カウントダウンが0になり、暗転し、バラ色のリミックスが流れてもまだよくわかりませんでした。本当のところ、1年経った今でもよくわかってないのかもしれません。そう、これは夢だよ、1年間いい夢みたね、とぱんと泡がはじけても、そうだよな、そんな都合のいいことあるわけない、と思ってしまうかもしれません。でも現実でした。夢だけど!夢じゃなかったー!

 

嵐のような怒涛の2016年、まさかこんな1年になろうとは。全力投球で駆け抜けた、おもしろおかしく過ごせた1年でした。それを一緒に過ごしてくれた友人各位、どうもありがとう。特にちなみさんには超絶お世話になりました。これからもおもしろおかしく過ごしたい。そんな場合じゃない時も、おもしろとおかしさを積極的にひろってすごしたい。それを世界一かっこいいバンドといっしょに過ごす生活のなかで見つけたい。それがわたしのたったひとつの冴えたやり方、かもしれません。楽しかった2016年、あんなことこんなことあったでしょ、いーーつにーーなーーってもーーー わーーすれーーーないーーー。

 

23:26 | comments(8) | -

メカラウロコ・27に行ってきたのよ

2016年1月8日に再集結が発表された瞬間から、まず頭によぎったことのひとつと言ってもいいのが「12月28日の武道館」でした。その日に武道館でやることについてはまったく疑っていなかった(吉井が前年の12月28日に、『来年は(12月28日は)何曜日?火曜日?水曜日?何曜日でもいいから来てね〜!』と言っていたので何かがあることはわかっていた)んですが、果たして、チケットが取れるのか?それはこの1年過熱するチケット戦争を目の当たりにしていてますます募る気持ちでした。おかげさまで、友人の強運のご相伴にあずかることができ、武道館に行くことが出来ました。もう、人さまのお力にすがって生きて参りましたの、というブランチの心持ちもかくや、です(欲望という名の電車ネタ)。

 

あの、いちばん感極まったのは会場に入った瞬間かもしれないですね。あの国旗、楽団(さすがにメカラウロコ楽団ではなくて徳澤青弦ストリングスの皆さん)、パッヘルベルのカノン…。メカラウロコに来た…!という実感、とうとうこの日本武道館に、国旗の下にTHE YELLOW MONKEYが帰ってきた、という実感で、なんか文字通り胸がいっぱいになりました。

 

1曲目の予想はいろいろ考えたんですけど、7を踏襲するならMORALITYだよなあとか、ROMANTISTでどーん!と始まるのもありだよなあとか、でもROMANTIST始まりは吉井ソロで割と最近やったしなあとか、いろいろ考えていたらあの、時計仕掛けのオレンジの第九が!ってここからROMANTISTやった時ありましたよね!?エッもしかしてアレックスのコートきちゃう!?とか頭をぐるぐるしましたが、聴こえてきたのは「月光」。ぎゃーんMORALITY!やっぱり7路線か!

 

MORALITYということはもちろんあのお姉さんたちが出てくるわけですが、よく見えなかったけどボンデージ風の衣装で顔が隠れてて、さすがに胸はアレだけど7のスリップ着てるやつよりは格段にエロくてよかったです。吉井ちゃん孔雀の羽持ってたよね?途中でおねえさんの胸に差してるのもエロくてよかったなー。でもって、これ、このままいくとギターじゃーーん!とかき鳴らして「メカラー!ウロコー!」て叫んでからのDORASTICだけど…?ってなってたらほんとにそのまま「セブーン!」が「トゥエンティセブーン!」でDORASTICだった!

 

言うまでもないですけど、ほんとメカラ7の映像をんもうしぬほど繰り返し見たので、なんか「見える…未来が見えるぞ…!」って感じで、不思議な感覚を味わいました。DORASTICのコーラスのエマとヒーセがまたかわいいんだよね〜!

 

メカラのセットリストでいくと次は「俺たちも、すっげー元気。LOVERS ON BACKSTREET」だけどどうなのどうなの、と思ってたらなんとー!!!FAIRY LANDでしたーーー!!お友達の「これやってくれ頼む!」の第1位だったのでふたりでギャーーーーつって抱き合った!!!吉井ちゃんがまたあの美しい手でげっだーん!をやってくれるのが嬉しかった…!この日はほんと、そういうファンがああそうそう、それそれ!と思うアクションの数々を惜しみなくやってくれていたような気がします。

 

最初のMCに続いてSECOND CRY、そしてFINE FINE FINEとここもメカラ7のセトリの流れ。SECOND CRY、吉井曰く「ジャガーになる曲」。あの、曲の最後の「お前に魂を売ってやる/お前にすべてを売ってやる/お前に薬を射ってやる」が正しいけど、「すべて」と「薬」が逆になったのでアッ!っと思った。いや間違えた!っていうんじゃなく、吉井さんこれメカラ7の時も逆に歌ってるんだよ〜〜。FINE FINE FINEであの首吊りの木もやってくれてた!あと、ちょっとテンポ遅め…?と思ってたらエマがささっとアニーのとこに近寄った後、ちょっとテンポアップした気がしたんだけど気のせいかしら。でもって、じゃあ次はA HEN?それとも麗奈?と思っていたら…VERMILLION!!!やった!!!マジか!!!なんか、吉井がホールでやった曲でメカラでやんない曲もある、とか言ってたからVERMILLIONとか外れそう…って勝手に心配してた!FINEの曲終わりでサッとジャケット脱いで、あの紫のシャツでこの曲て、もう完全に確信犯…あの美しい手のぶらぶら…最高かよ!いやマジで、あの「僕の爪を切るな」で吉井が叫んでぐっとのけぞったところ、ヒーーーーつったもん。ヒーーーーつって、そのままなぜか腹を押えていた私だ。なんだろう、吉井がそのあとのMCで「エマの八重歯を二回見ると双子を妊娠する」とか言ってましたけど、おまえの手指もそれぐらいのアレだからな!?みたいなことなんでしょうか。

 

そこからの聖なる、FOUR SEASONS、SHOCK HEARTSと今度はホールツアーの流れ。再集結して、これでアリーナ、ホール、単発のライヴとあらゆる形態を1年間でやってきたわけですけど、個人的にセットリストの組み方がすごく慎重というか、ちゃんと練られたものを出そうというのが共通してあるよなあと思いました。やっぱり1曲1曲ちゃんとモノにして、それからステージに出したいというか。FOUR SEASONSのあのスタンドプレイ、ホールでは見られなかったので嬉しいです、嬉しいです。でもスタンドを倒して手を放す、というよりは立ってるスタンドなぎ倒す!みたいな勢いがあってちょっと面白かった。死ねばそれで終わり、の手のジェスチャーもそのままやってたな〜。

 

ここで長めのMCがあって、もう、吉井のソワソワぶりがひどいし話の持っていき方はグダグダだしで、面白いやらおかしいやら(結局、面白い)。九段下って単語を先に言っちゃダメだよ!「なんでみんなそんな勘がいいんだ!」つってたけど、よくなくてもわかるわ!個人的にはそれよりも「腸は第二の脳だって言いますからね…こんなことを言うロッカーになるとは思っていませんでした」ってやつにしこたま笑いました。まったくだよ!


あと、20年前はね、最初に出てきた瞬間それはもう割れんばかりの黄色い歓声だったわけですが…すっかり…茶色くなって!とか言い出して、あっこれ民生にも言われたことあるな!とか咄嗟に思いました。でもこういう「愛あるおディスり」ははまる人とそうでない人がいるので吉井ちゃん、用法用量は正しくお使いくださいだよ!

 

しかしそのグダグダぶりから「気を付けてくださいね、左利きの少女には」って単語ぶちこんできてRED LIGHTだもん。はーあいつずっちーな!当該歌詞のところ、あの、私の大好きなあれ、左利きの少女の夜を買うのところ、ちゃんと手が背中に回ってて、ああ〜〜〜アップで見たい!見せてくれ!と身もだえしました。続いてセルリア。もう、これも、やらないわけないよね!RED LIGHTきたら、やらないわけないよね!ですよ。やらないわけないよねー!って声に出たもん!

 

その次のMCで、吉井がギター持ってて、あれっこのギター…ってことは…と思っていたら、113本回ったツアー、って話になったあと「俺はこの曲を武道館でやったことないって思ってたんだけど、2回もやったことあるんだね」とか言い出して文字通りのけぞりました。マジかよ…っていうかセトリ組むときにそういう話したんだろうけど、吉井が「パンチドランカーって武道館でやったことないよねー」とか言い出した時のスタッフ及びメンバーの顔が見たい私だよ。「やったこと…あるよ?」ってこいつ何言ってんだ?みたいなテンションで誰かツッこんでてください(過去への要望)。そしてその様子を映画で見せてください(未来への願望)。吉井ちゃん!あの年はね!武道館3daysだったのよ!2日間パンチのツアーで、28日だけメカラだったのよ!それでほぼセトリ全替えだったんだから大したもんだよユーたち!(結局褒める)。

 

しかし、この曲をこうしてまた聴ける、とは。もうなんか、やっぱり胸がいっぱいになります。しかもそれを吉井が「俺たちのチャンピオンベルトのような曲」と言ってくれるとは…!って、この話、長崎の時も書いたね!書いたけど、また書きたい!何度でも書きたい!

 

そしてきましたSWEET&SWEET!やった!ホールの大分で出たという話は小耳に挟んでおりました!ギターは君の手を縛り、で吉井がぐっと腕を前に出して縛られるジェスチャーやってくれたのぎゃーんってなった。まあ私もあれ喜んでやっちゃいますけど。それもこれもTRUE MINDの映像のせいだけど。そのままアウトロから太陽が燃えているにつながるのもホールの流れと同じ。この、メカラ7、SLS、7、SLSとツートンカラーの縞模様の波のようなセトリの構成。過去と現在を行ったり来たりしているような不思議な気持ちになったりして。

 

太陽が燃えているも、SUCKも、武道館で聴くとまた格別の良さのあるスケールの大きな曲だなあとしみじみ思いました。SUCKは全部盛りしちゃうと尺取るから一番シンプルな形でしたけど、あのスネア二発から吉井のマイクスタンドぶん回し、エマのぎゅいんぎゅいんくるギター、そしてハンドクラップ、盛り上がらないわけないですよ。ユアラーイフ、からFATHERへの入り、やっぱりTRUE MINDに入ってる映像を思い出さないではいられないんだけど、間奏のとき吉井が後ろにさがって、なんか指輪をはめているような素振りをしたのでなになに?って目を凝らしたけど当然見えません!あとでサイトでねたばらししてくれてたね。その指輪をつけたまま、あの間奏のところでぐるぐるまわって、倒れて、「耳を当てたまま目を閉じる」…んもう大好きな流れじゃんかよ〜!(泣)

 

そのあとのMCで、この武道館に帰ってこられたことの感謝を口にしていたんだけど、「ここでこの曲をやれるということのありがたさ」って言ってて、えーっなんだろう、と思ったらフリージアの少年でした。少年じゃないけどねなんて茶化していたけど、でもやっぱり特別な1曲なんだなあ。わたしも大好きだ…あの、最後のリフレイン、マイクから遠ざかるところもそのまんまだった。最後、もしも貴方が今夜僕に、と反転するところもめちゃくちゃ好き。でもって、この余韻のままステージを去ったので、フリージアが本編ラスト…!斬新!ってなりました。

ストリングスの方々がいらしていたので、私の「やってくれ頼む」ベスト1であるところのTHIS ISが来るならアンコールいっぱつめだろうな…などと思っていたらステージに戻ってきた吉井ちゃんが「…座ってアンコールしてただろう!」はっはっは、これも民生に言われたことあるわあ(吉井ちゃんもどこかのツアーで言ってたネ)。

 

メンバー紹介、アニーが挨拶するときに腋を隠すしぐさに「昭和だな」とか言ってたんですけど「お前もな…」と思った私です。エマの投げキス大サービスも笑いました。似合う、似合うよエマはこういうのが!吉井ちゃん、うれしくてたのしくて仕方ないのか、なんかほよほよしていて面白かった。エマと急にお尻をくっつけたがったのは何だったんだ(笑)ヒーセに問題児と言われていたけど、ほんと自由奔放すぎて面白かったです。

 

7を踏襲する路線だったから、ほぼ確信はしていたし、吉井が「前夜雨」なんてタイトルで更新してたりしたので、やるよな、やる、やるはずだ、やるにちがいない!と思っていたけど、本当に始まったらやっぱり格別でした。メカラ8のドームのときに、THIS ISは聴きたいなって思ってて、でも聴けなくて、そこからずっとのどにひっかかった小骨のように聴けなかった後悔が付きまとっていた曲でした。きらきらの、エマと吉井の曲。最後にエマが寄り添うところ、本当に大好き!

 

でもって、おそらく誰もが予想するセットリストナンバー1だったんじゃないでしょうか、「真珠色の革命時代」。だってね、まさにメカラウロコを象徴するような楽曲だものね。間奏で吉井がエアギターでエマの指を追うところ、美しかったなあ。この曲が、吉井和哉がどん底であった時代に、いつかここから抜け出そうという思いを込めて作られたのだと思うと、この記念すべき日にこの場所で鳴らされるこの曲、というものに特別の感慨を抱いてしまう。曲のアウトロのときに、ストリングスのところまで登っていく吉井を見て、あーあれだ!って思ったし、吉井の指揮からのSubjectiveへの流れも本当に好きすぎる。あそこでさ、弾いてるひとの隣で当て振りしちゃうところとか、もちろん変身!ポーズも、本当にメカラ7を見ているようで、すごく不思議な気持ちになりました。

 

砂の塔が続いたので、新曲でおしまい…なのかな…とか思ったけどまあそんなわけなかったです。吉井がアコギ持って出てきて、お友達と「だよね」「だよね」と頷き合う。もうあれしかない。吉井がギターをじゃーんとストローク。あれしかない!ご丁寧におそその説明してたのおかしかったなー。ひとりひとりに歌わせるつもりだったけど時間がない、なのでまとめて歌えーつって3人に託したのはいいんだけど、けど、アニーが、歌に、入れない(爆笑)もうさ!エマがすごい顔でめっちゃ「いま!いま!」ってゆってるのに「え?え?」てなるの面白すぎたわ!吉井が「本当にドラマーなんでしょうか!」って言ってて笑いました。アニーかわいかったよ(笑)アコギ弾きながら吉井が顎で客を煽るの本当めちゃくちゃかっこいいし、この曲であそこまで客をぶち上げさせる吉井たまんないよね!でもって「センキュー愛しています、アバンギャルドで行こうよ!」

 

昔読んだインタビューで、吉井がこのアバンギャルドのことを「この曲をやるとメンバーが愛おしくなる気持ちに近いような感じになる」って言っていたのを思い出したりして、やっぱりこれをやらないと、年は越せないよね〜!だし、今年の汚れ今年のうちに!だし、武道館、年末、THE YELLOW MONKEYとくればアバンギャルド!ってぐらい、このバンドを象徴する楽曲だよなあと。

 

そしてそのままあかつきにーーーー!!!でASIANへ。このとき、暁に、果てるまで、日本国旗に敬礼を、って言ってくれたのめちゃくちゃうれしかった、うれしすぎてそのあと「暁に目を向けて」って歌ったかどうかを覚えてない!歌ってくれたと思うんだけど!いつもは「暁に背を向けて」なので、武道館で国旗を見ながらこう歌うのが大好きなんだよ…!それにしても、ほんとに吉井はそういうところで絶対はずさない…!降りてきた電飾をどお?って感じで示して、電飾に触れてあっちぃ!みたいになってるのもかわいかったし、花道で匍匐前進したらすごいスピードで急降下していたのも面白かったなー。

 

それにしても、ASIANの強さ!私にとってのSONG OF THE YELLOW MONKEYだし、この武道館でもっとも聞きたかった曲でした。この曲だけは4人にとっといてくれと祈っていた時もあった。その願いがかなって、しかもまたこの武道館であのイエッサー!ができる喜び。満願成就でした。本当に。最後、みんなで写真を撮っていたけど、有賀さんとミッチが両方揃っていたのも、うれしかったです。

 

最後、暗転して、客電がつかないので、なになに、と思ったら映画の特報第2弾。その中で、ホールライヴあとの楽屋でスタッフが「東京ドーム楽しみですね」って言ってカットアウトするという。ドーム!って!言った!と隣のお友達の肩をつかんで揺さぶるわたし。というのも、そのお友達がずーーっと、リベンジっていうなら、ドームをやらなきゃじゃん!と言っていたからなの。ほんとにそうなった!っていうかこの1年、ほんとにそうなった!って何回言ったんや!

 

この翌日、2017年の12月28日の武道館は30周年のBUCK-TICKが使うことが判明したわけですけど、いやでもBUCK-TICKさんでよかったです。思い返せば1997年の12月28日はテレビ局の企画に持ってかれたんだったわね…(笑)そのあとは改修でしばらく使えなかったりするかもだけど、またいつか武道館でもきっとやるだろうし、その間は12月28日にまたどこかで別のことをやったりするかもだし、帰ってきたからといって安心させないというか、何するかわからないのもこのバンドらしいかなという気はします。

 

思えば2006年12月28日、ちょうど10年前に、吉井和哉はここで「きめた!12月28日は毎年おれがここでやる、ここを吉井武道館にする!」と高らかに宣言したのであった。翌年にはTHE YELLOW MONKEYのデビュー15周年に触れ、俺だけでもここでやり続けられたら、と言い、でもやっているうちにいろんな使い方ができるかもしれないしね!と彼は言っていた。そしてバラ色の日々を歌う前に、高らかに「THE YELLOW MONKEYも一緒に!」と叫んだのだった。

 

この10年、吉井和哉が12月28日の武道館を守り続けていてくれた(うち1年は福岡)ことは、私にはすごく大きなことだった。でももう、あのバンドが帰ってきてくれたので、そこにTHE YELLOW MONKEYがいれば、私はそこにいくだけなのだ。押部啓子さんがメカラBOXのブックレットで言っていた、「メカラに対する引きずるような残像」がようやく姿を消した気がします。この夜に起こったいろんなことを、またいつか遠く思い出す日が来るのかな。その時は、ああ、楽しかったねって、思い出せるといいな、そう思います。

 

 

セットリスト
1.MORALITY SLAVE
2.DRASTIC HOLIDAY
3.FAIRY LAND〜電気じかけのナルシス
4.SECOND CRY
5.FINE FINE FINE
6.VERMILION HANDS
7.聖なる海とサンシャイン
8.Four Seasons
9.SHOCK HEARTS
10.RED LIGHT
11.セルリアの丘
12.パンチドランカー
13.Sweet & Sweet
14.太陽が燃えている
15.SUCK OF LIFE
16.Father
17.フリージアの少年
アンコール
1.This is For You
2.真珠色の革命時代(Pearl Light Of Revolution)
3.Subjective Late Show
4.砂の塔
5.アバンギャルドで行こうよ
6.悲しきASIAN BOY

23:20 | comments(4) | -

もうひとつのメカラウロコBOX

私の家には、メカラウロコのDVDBOXがふたつある。

 

私はインターネットによるコミュニケーションが爆発的に拡散するのと時を同じくしてTHE YELLOW MONKEYにはまっていった。96年から97年にかけてのことだ。バンドを深く追いかけるのにともなって、たくさんの「ネット上の知り合い」ができた。1年間113本という破格のツアーが始まると同時にその交流は加速していった。その日のライヴに参加した面々が集まり、朝まで飽くことなく喋り倒すことなどざらだった。そうして知り合った友人の中には、今はもうどこで何をしているのかわからない人もいれば、今でも親しく付き合いを続けている人もいる。

 

彼女とはネットでの知り合いの知り合いを介して初めて出会った。その頃の主なコミュニケーションツールは有名なファンサイトのBBSやチャットでのやりとりだった。私はそういったオンライン上で彼女と親しく「レスを交わした」記憶はない。彼女はチャットルーム上の常連の友人で、私もまたそのチャットの常連だった。あるとき、私がごく初期から親しくしていたネット上の知り合いの自宅に招かれることになり、そこに彼女もくるという。池袋で待ち合わせてから、ふたりで一緒に来て。そういわれて、私は緊張した。ハンドルネームはもちろん知っていたが、あまり言葉を交わしたことのない相手とハジメマシテの挨拶を交わし、ふたりでそこそこの距離を一緒に移動する。人見知りの自分にはなかなか高いハードルに思えた。当日、私はあろうことかその待ち合わせに遅刻した。当時はまだ携帯を持っておらず、相手に連絡も取れない。待ち合わせの場所で最初に私はまったく違う人に声をかけた。これ以上ないほど怪訝な顔をされて「違います。」と冷たく言われた。次に声をかけたのは彼女だった。あたりだった。さっき間違えて、全然違う人に声をかけちゃった。そう言うと、彼女はこれ以上ないほど面白いことを聞いたという顔をして笑った。

 

THE YELLOW MONKEYが盛んに活動していた当時は、しかしそれほど彼女と親密になったわけではなかった。彼女はエマのファンで、今に至るまで、私が思う「エマファン」のイメージは彼女と、当時の友人の何人かに象徴されていると言っていい。彼女らはおそらく、ライヴ中に吉井を見ている時間など10分の1もなかったのじゃないかと思う。私の周りにはなぜかエマのファンが多かった。時折冗談で、私はエマファンに育てられた吉井ファンなんだよ、なんて言ってみたこともある。彼女らに共通していたのは、エマへの感情にひねくれたところが一切ないところだった。あのエマの輝きを、彼女らはほんとうに一心に愛して、あがめていた。そういうところが私はとても好きだった。

 

スプリングツアーの最終日の横浜アリーナのあと、そのころ大阪に住んでいた私は紆余曲折あって彼女の家に泊めてもらうことになった。朝までいろんな話をした。THE YELLOW MONKEYの話はもちろん、ちょうど持っていた第三舞台のDVDを見たりして、そのかっこよさに彼女が興奮して、わたしもうれしくて、舞台の話もたくさんした。明け方に寝て、彼女はそのまま仕事に行き、私は翌日の友人の結婚式に参列するため美容院に行って、また彼女の家に泊めてもらった。キルフェボンのケーキを買って帰って、深夜に仕事から帰ってきた彼女と二人で食べた。

 

私は芝居を見るためにしょっちゅう東京に行っていたので、そのたびに彼女の家に上がり込み、勝手に布団を敷いて勝手に寝ていた。いつでも部屋にあがっていいよ、カギはここにあるからね、と言ってもらえていた。彼女はいつも夜遅くまで働いていた。深夜に帰ってきた彼女とまたいろんな話をした。THE YELLOW MONKEYが休止しても、THE YELLOW MONKEYが解散しても、彼女との付き合いは変わらなかった。あのメカラウロコ15、解散のときの東京ドーム、1度きりのJAM。ふたりで聴いた。私も彼女もごうごうと音がするほど泣き崩れ、しばらくは立ち上がれなかった。帰り際、ちょうど発売になっていたTHE YELLOW MONKEYのLIVE DVD BOXとCLIPSのBOX。迷っている私に彼女が言った。迷ってるなら、買ったほうがいいよ。あの時、背中を押してもらわなかったら、買い逃していたかもしれない。

 

ふたりで、いろんなところに行った。明智光秀の墓参りもした。近江屋洋菓子店にも行った。東大の構内を歩いていて、私がけつまずいて転んだ。指輪物語の映画に私がはまり、ふたりでニュージーランドにロケ地めぐりの旅にも行った。レンタカーを借りて、南島も北島も何百キロもドライヴした。私は免許を持ってないので、運転するのは彼女だけだ。いろんなものを一緒に食べ、笑い、いろんな話をした。ほんとうにいろんな話を。

 

いつ泊まりに行っても彼女は忙しそうで、帰宅はきまって午前様だった。いそがしそうで、だいじょうぶかなあと思うことも何度もあったが、私はあまり深く話を聞かなかった。彼女が自分から話してくれる話は聞いたが、それだけだった。だんだんと、ゆっくり、彼女は心と体のバランスを崩し始めていたのだと思う。08年12月の吉井武道館、その年、初めて大阪城ホールで、年末の「YOSHII JO-HALL」が開催され、吉井はポニョのフジモトのコスプレをし、天国旅行をやった。サポートのギターはエマだった。私は彼女にエマの弾く天国旅行を見て欲しかった。チケットは2枚取って、彼女に1枚渡していた。開演前に、すこし遅れる、と連絡があった。私は武道館の中に先に入り、彼女を待った。ライヴが始まったが、彼女は来なかった。天国旅行までには間に合ってほしい、そう思ったが、とうとうその日、彼女は最後まで武道館に現れなかった。ごめんね、おなかがいたくなってしまって、どうしてもいけなかった、と彼女からのメールがきたのは終演後、しばらくたってからだった。

 

いつでも自分の人生を自分で切り開いていて、その自負もあった彼女は、いろんなことが自分で思うように動けないことに苦しんでいたようだった。彼女がスピッツを熱心に聞くようになったのもその頃で、大阪に一緒にライヴを見に行くことになった。チケットを用意し、荷造りして、新幹線に乗り、ライヴを見る。今まではいともたやすくできていた「ライヴ遠征」ということすら、彼女には途轍もなくハードルの高い作業の連続になってしまっていた。ライヴを見たい、というただその一念で成し遂げることができたが、彼女は私に迷惑をかけた、ととても気にしているようだった。09年8月に仙台で開かれた野外でのロックロックにも参加したが、その時も、彼女は私に終始気を遣っていたのじゃないかと思う。

 

迷惑をかけられたのか?そうかもしれない。でも私が感じていたのはまったく別のことだった。私は、自分が、楽しいことやうれしいことを、一緒にたのしんだり、プレゼンしてみたり、これでもかと相手をもてなすことには長けていても、ほんとうにその人の人生がきついときに、その苦しみや悲しみにふかく寄り添うことができない、そのことにほとほと嫌気がさしていた。それは今に至るまでまったく変わっていない、私の人間としての欠陥だった。楽しい思い出作りには参加できる、でも穴の底にいる人に、一緒に穴におりてそこから抜け出す手立てを考えることが、私にはできない。どうしていいかわからない。どうしてほしいかもわからない。そういう自分がいやだった。

 

遠征から家に帰って、ベッドに横になっていると、彼女から電話があった。ごめんね、迷惑かけて、でも楽しかった…そして、また元気になったら、わたしが元気になったら、いつかわからないけど、そしたらまた、会ってくれる?いつでも会うよ、わたしは言った。言いながら、自分の右目から流れた涙が左目に流れ込んでいるのがわかった。いつでも会うよ、またライヴに行こうよ、THE YELLOW MONKEYがもし帰ってきたら、いつかまた…。そうだね、彼女は言った。そうなるといいね。けれどそれは果たされない約束のように、その時は思えた。

 

09年はTHE YELLOW MONKEYの20周年記念の年で、12月に待望のメカラウロコのDVDBOXが発売された。私は常日頃から、BOXが出るなら、いくら金を積んでもいい、と冗談半分で公言していたので、自分がそれを買うのに迷うことはなかった。ネットで注文するとき、ふと彼女のことを考えた。彼女は、これを買うだろうか?買うかもしれない。でも、そんな心境じゃないかもしれない。実家に帰ったことは知っていた。住所を聞いて、買って送ろうかとも思ったが、何の意味もなくBOXを送られても、戸惑うし困るだけだろう。散々迷った挙句、私はそのBOXをふたつ買った。次に会う機会があったら、「代わりに買っておいたよ」、そう言って、これを渡そうと思った。そう思って、7年が経った。

 

2016年、申年にTHE YELLOW MONKEYが帰ってきた。かつてネットを通じて知り合った人たちが何人も、ふたたび彼らのライヴに足を運んでいたと思う。アリーナツアー初日の代々木の前に、彼女からメールがきた。よかった、生きてる、と私はまずそう思った。いろんなところに遠征するから、会えそうなら、どこかで会おうよ、と返信したが、結局そのあと、連絡はこなかった。秋になり、年末のメカラウロコが発表され、再び彼女からメールがきた。メカラに行きたいと思ってるが、いろいろ大変で、行けるかどうかわからない。でももし私が行くなら会いたい。行くよ、当たるかどうかわからないけど行く。そして私にとって忘れがたい、ある話をメールに書いた。

 

2006年2月、吉井和哉はソロで初めて武道館に立った。エマもサポートで参加していた。2daysの1日目に、アニーとヒーセは客席にいて、それを目撃した人がたくさんいた。私はその話に少なからず動揺した。かつて、4人で立った武道館に、今はそのうちの2人だけがいる。そのことを、アニーとヒーセはどう思ったのだろうか、と私は考えなくてもいいことを考えてしまい、それを一緒に武道館に行った彼女に話した。彼女は、うーんと少し考え、こう言った。「一緒にいることが、支える事じゃないんじゃない?今は、たまたまエマはそばにいるけれども、でも、離れているから支えていないってことにはならないんじゃない?そばにいたって、何もできない時ってあるじゃん。離れる優しさだってあるじゃん。今はただそういう時だってだけかもしれないじゃん。」

 

私は、解散後の4人を思うとき、いつも彼女のこの言葉を心の大事なところにおいていた。離れるやさしさだってある。離れているから支えていないってことにはならない。本当にそうだと思う。そして、本当にそうだったということを、何よりも2016年のTHE YELLOW MONKEYが証明したと思う。

 

武道館においでよ。あなたに渡すものがあるから。あんなに愛したバンドの、いちばんかっこいいところがぎゅうぎゅうにつまった宝石のようなBOXを、あなたに渡すから。

 

昨日、彼女は武道館にやってきた。念のため、なにか万が一のことがあっても大丈夫なように、と前日から東京に来ていたという。私が泊まっているホテルで、彼女と会った。久しぶり、そういってハグして、私も彼女もちょっと泣いた。メカラウロコDVDBOXは無事、7年越しで持つべきひとの手に渡った。話したいことがたくさんあると彼女は言い、そしてその通りいろんなことを喋った。彼女は変わったが、変わっていなかった。私も変わったが、変わっていなかったと思う。一緒にメカラを見る友人と3人で喋りながら、彼女は友人に自分のことを説明しようと、あのね、わたしはそんなにTHE YELLOW MONKEYのコアなファンってわけじゃないんですよ、ただエマのファンってだけで…。聞いた瞬間、私と友人は文字通り爆笑した。コアなファンじゃない、エマのファンなだけ。エマのファンからしかとうてい出てこない台詞だ。すばらしい。そうでなくちゃ。

 

大槻ケンヂさんの言葉を思い出す。「結局わかったのが、ロックバンドの再結成というのは、ほんとにたくさんの、無数無限の再会をいたるところで派生させるための、音楽による、大いなるきっかけという本質があるんだなと思ったわけですね」。私が今回経験したこともまた、その無数無限の再会のうちのひとつなんだろうと思う。歳月を重ねていくということはこういうことなんだろうと思う。同じものをずっと好きでいるということは、こういうことなんだろうと思う。別れもあり、出会いもあり、悲しみもあり、喜びもある。THE YELLOW MONKEYは出会いと別れをくれて、そしてまた出会いをくれたのだ。

 

私の家にはメカラウロコのDVDBOXがふたつある。いや、あった。
もうひとつは、私と忘れがたい時間と言葉を共有してくれた友人のところに、今はある。
 

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THE YELLOW MONKEY SUPER JAPAN TOUR 2016 -SUBJECTIVE LATE SHOW-@長崎ブリックホール レポート 

行ってきました!ツアー開始から約1か月、ホールツアーなんだしセットリストはがらっと変えてくるだろうし、とはいえ今はもう何を聞いてもうれしいし、最初からガンガンねたばれを見ちゃおうか、いやでも今回とりあえず1回しかチケット取れてないし、だったらやっぱり「なにをやるか知らない」状態で驚きも含めて味わいたいし、と逡巡した結果、「自衛に努めるけど、踏んだら踏んだ時」という心持ちで挑むことにしました。

 

ということで今後参戦予定の方、この先がっつんがっつんバレてるのでここで回避が吉です!

 

今回の16本のホールツアーで私が長崎を選んだのは、ひとえに18年半前のパンチドランカーツアーの記憶ゆえでした。1998年6月7日の長崎市公会堂。私にとっては忘れられないライヴでした。もう一度長崎に行きたいな、そう思いながらもう18年経ってしまった。その18年の間に、一度いなくなったバンドが帰ってきて、また長崎でライヴをやるという。行くしかないってやつだろう、これは。

 

踏んだら踏んだ時、と言いながら徹底した情報統制を布いたおかげで、幸いなことにただの1曲も明確なバレは踏まずに当日を迎えることができました。ただ、今回はあのバンドにしてはめずらしくグッズが超かわいかったので、物販待機列に並んでる間に音漏れでセトリバレしたらここまでの努力も水の泡だー!とか思って怯えてたんですが、余計な心配でした。いや、何回かやばい!って時あったけど、その時は友人と「聞いちゃう!なんか話して!」と励ましあったり耳塞いでアーアーアー聴こえなーいのポーズをしたりして乗り切りました。

 

ホールセンターブロックの1階後方で、よい感じの傾斜があってすっきりと全体が見渡せる席でした。長崎までくる道すがら、iphoneに入っているTHE YELLOW MONKEYの楽曲を全曲シャッフルで聴いていて、流れてくるどの曲も「今日これはやるんじゃないか」「これもやるんじゃないか」と考えていたので、実際にホールの中に入ってもなんだか実感がうまくわかないような不思議な感じでした。

 

ステージの左右に小さな電光掲示板があって、開演までの時刻を秒単位のカウントダウンで見せていました。つまり、ホールも定時開演。えらすぎる!!!今までが今までだっただけにこの心の入れ替えようはどうしたことか!どこよりも押すバンドだったのに!吉井ちゃんがラジオで「時間を守るのって大事なんだなって気が付きました」とか今!?みたいなこと言ってたけど、どちらにしてもこの精神を大事にしていっていただきたい。全公演定時開演本当に素晴らしいです!

 

オープニングのSEから観客総立ちでボルテージは最高潮。今回はSEもいつもとちょっとテイストが違って面白かったですね。暗転の中メンバー登場、吉井のキラキラのラメラメのジャケットが照明がない中でもまぶしく光っていて笑いました。1曲目、やっぱりこれかー!のSubjective Late Show!ド頭にもってくるか、中盤以降の山場で持ってくるかどっちかだと思ってました(でもって今回のツアーでやらなかったら暴動もんだな!と思っていた。そうだよね!やらないわけないよね!)。再集結後に4人でやったいっぱつめの曲。メンバーそれぞれを匂わせる歌詞もそうだけど、なによりここで歌われるParanoia bandはもちろんTHE YELLOW MONKEYのことで、だから吉井が「愛されないParanoia band」って歌いながらぐるっとメンバーを指して見せたのがメカラ7みたいだ…!と思って早々に感極まりました。愛されないって歌う吉井を見ながら「あいしてるよー」って心の中で返すのが大好きで、ほんとにライヴという祝祭空間にふさわしい曲だなーと。間奏の時の「変身!」ポーズももちろんやってくれましたとも!

 

2曲目でALRIGHT!早い!いややると思ってたけど、アタマに持ってくるとは!何人かペンラ出してるひともいたけど、まあホールではもうペンラはいいんじゃないかなー(前後のセトリから見て出す暇もしまう暇もない)。ホールはサイズがコンパクトだし、吉井やメンバーの「気」が短い距離で集中砲火浴びせられる感じがあるんだけど、アリーナのときの「再集結を象徴する、みんなでこの喜び抱きしめよう」みたいなアンセムとしての色合いよりも、楽曲の攻撃性がモロに来る感じなのが新鮮でしたね。「奇跡と思わないかー!」が完全に煽りだったものね。

 

3曲目、ROCK STAR。そう、そう、ROCK STARはこうでなくちゃ。アリーナでも後半定番になっていってたけど、こうしてホールツアーのセトリでもシッカリ選ばれる。このいつ、なんどきでもそこにある、と思わせる安心感。間違いのなさ。そういえば吉井がすごおく丁寧に歌ってたんだよなー。情熱吐き気ノイローゼの「ノイローゼ」をちゃんと聞いたの久しぶりでは?そうでもない?

全体的にMCはごくごくシンプルだった印象です。3曲終わって次に照明がついたら吉井がギターかけてて、ギター…ということは…といろいろ考えている間にもうあのイントロ。I Love You Baby!うおー!ソロでもやったけど(そして吉井が久々にギターを持ったので立った!クララが立ったわ!並に大騒ぎしたけど)、このド派手フロント3人がぐいぐいくるI Love You Babyはやっぱり格別!駄菓子菓子!これだけはダメだしさせてくれ!吉井よ!なんで最初の「感じる?」を歌わないんだヨー!春ツアーのときも、メカラ8でも歌わなかった。ソロでも歌わなかった。あれ、キミが、感じる、で右手高く挙げて、エマとヒーセと3人でそのシルエットが浮かび上がるのが最高なのにー!い、今からでも遅くないヨー!(誰だよお前は)

 

次に聴こえてきたイントロ、思わずのけぞりました。VERMILION HANDS…!咄嗟に頭に浮かんだこと「爪をあかくしてくればよかった!」赤い爪で手をぶらぶらさせたかったなー!いや、しかし、しかしですよ。このVERMILIONの吉井、の、あの、かっこよさ!!!何アレ!!!もうカッコイイが天元突破してた。間奏に入る前の僕の爪を切るな、で叫ぶところ、左手を前にぶらぶらさせて、いまいましそうに、まるですがる女の手を振りほどくような感じで、その時の顔がもう!って、私1階のほぼ最後列で見てるので顔なんか見えてないだろ(もちろんモニタはない)って思われるかもだけど、いや見えてる、見えてるんです(心の目で)!しかも、最近ずっと吉井はカフスが長めのシャツ(っていう表現が合ってるかわかんないけど!)を着てるじゃない。あの、フジロックのときとか、アストリアのときとかに着てたみたいな。あれであの爪を見せびらかすあれ、やられてごらんよ。シルエットの美しさだけで米が食えるよ。なんなら炊けるよ。後半のフェイクでもマイクスタンド倒しながら決めてくれてんもう昇天しなかったのが不思議なくらいだ。しかも、間奏でヒーセとエマのあとアニーのドラムソロが入るのがすっごいカッコイイし、その時の照明(ドラムセットが下から照らされる)もよかった!本当にカッコイイしか詰まってなかった、思わず曲終わりで友人に私が叫んだ一言「これだけで白飯三杯食べられるー!」(実話)

 

あー、やっぱ赤い爪に、って前の曲の余韻を引きずる間もなく聖なる海とサンシャイン。どこかのラジオで吉井がやりたいと言っていたし、セトリに入るかもなーという気はしていた。どうしても先日亡くなった朝本さんのことを思い出してしまうが、それも相俟ってなのかわからないけど、久しぶりに聴いたこの曲で無性に泣けてきて参った。吉井の声がよく出ていたなあ。そして本当に何回聴いても、「人が海に戻ろうと流すのが涙」って、すごい歌詞。吉井のセンスが濃縮されたフレーズだと思う。

 

続いてFOUR SEASONS。そう、これはアリーナツアーで入らなかったのが不思議なくらいだったんだよな。そして、聖なる海とサンシャインに続いて、これも彼方へ行ってしまったひとのことを思い出させる曲だった。バンドの20周年のときにこれをカバーしてくれたフジファブリックの志村くん。この曲の照明が、終始逆光というか、サビの一瞬を除いて正面からライトを当てない、シルエットで見せていたのがすごく印象的だった。死ねばそれで終わり、で吉井がシルエットのまま首を搔き切るしぐさをしていた。それを見ながら、JAPAN JAMのとき、そういえば吉井は、アンコールはある、かれは死んでない、と歌ったんだな、と唐突に思い出したりした。

 

ぐっと落ち着いた聴かせるトーンが続いた中でお次がSHOCK HEARTSっていうこの振り幅!相変わらずですね。衰えてないですね。THE YELLOW MONKEYのこういう楽曲で見せるお茶目さ大好き。あの手の振りもぜーんぜん変わってなくて、こういうのって自然に出ちゃうものなのかなあやっぱり。シャツのボタンをひとつひとつ外しながら観客アピールしたり、マイクを股間にあててイチモツふうにしながらえいえい観客に差し出したりして、ほんと好きだね!そういうの!

 

MC、そんなに覚えてないんだけど、この日開演前から客席でわりと目立つコールをしてる男性がいて、ライヴの最中(暗転してるときね)でも割と目立ってて、でその声に引っ張られるというか触発(あっ)されちゃうというか、そうなるとそういう「目立とうコール」が割と続いてしまうっていう。それで結構長いこと照明点かないなーと思ってたら、吉井が一瞬沈黙になった瞬間に「ハイッありがとうございましたー」と割と一本調子で切り捨てたのがすごくおかしかった(し、へたにいじらないでくれてよかったとも思った)んですよね。それでそのあと、すごいね長崎、盛り上がってるね、もう君たちの元気を富山の人にもわけてあげたいよ、いや富山の人も心の中は熱く燃え滾ってるんだけどさ、君たちみたいにあからさまじゃないwって、アレ?ん?ほめられてるのか?みたいな半笑いのトーンだったんですよ。吉井はそのあと、いや、うん、そういうの好きですよって重ねて言ってくれはしたけどもね!そういう感じだったんです。MCの空気とか雰囲気とか文字で伝えるのなかなか難しいけど、そういう空気感だったんだよってことが少しでも伝わるといいんですが。

 

吉井がアコギを持ってきたらそれだけで色めき立ってしまう会の会長であるわたくしですが、というより吉井がアコギをもってきたら大抵それは超弩級曲の合図なのであって、ありがとうございます、きました審美眼ブギ!アコギを持ってるので、当然マイクスタンドだし、吉井はセンターにいるわけなんだけど、ヒーセとエマがやおら吉井の後ろに隠れて、かがんで向かい合ってなんかやってるんだけど、見えない!だってドセンに鼻でか兄さんいるから!いや吉井動けないのわかってるけど、ちょっと、そこの二人何してんの、見たい見たい、吉井すまんが半歩ずれてくれ、とか得手勝手なことを思うファン。結局何してるかわかんなかったんだけど、また向かい合って立ち位置に戻る二人の満面の笑み…吉井は吉井で歌わなきゃだけど後ろ気になるってチラチラ見てるし、なんなんだー!カワイイかー!審美眼のアウトロでワーオ!を多めに決めていた吉井ちゃん、そこから間髪入れずに1,2,1、2、3、4のカウント。そしてあのドラム。Foxy Blue Love!!!!

 

最初に、私が今回のツアーで長崎を選んだのは、18年前の思い出があったからって書きましたけど、まさにその18年半前、あの長いツアーの最中で、今日、初めてやる曲あるからね、と言ってやってくれたのがFoxy Blue Loveでした。その時のFoxyの楽しさが、本当に忘れられない、本当に、本当に楽しくて、私は翌日長崎駅前の郵便局が開くのを待って、FCの会費の振り込みをしたんだけど、それはこの楽しさを手放したくない、何度でも何度でも味わいたい、そう思ったところがあったからだったと思います。だから、今回のツアーの長崎で、もし、Foxyをやってくれたら、これはもうちょっとだけ寿命が縮んでも文句は言えないなあ、と思っていました。

 

もう一度ここでTHE YELLOW MONKEYのFoxy Blue Loveが聴けるなんて、文字通り、夢にも思わなかった。

 

いやあもうここで私の感極まり度はピークだろうと思ったし、それで十分だと思いました。もうこれ以上なんて何をどう願ったらいいのかわかんないよ!Foxyのいいところ、楽しいところは、後半どんどん楽曲が展開してくところで、特にベースはめっちゃくちゃ聴きごたえがある!リフレインの目つぶし、で吉井がビシッと音が出そうな目つぶしくれたり、あとアコギをね!途中で床に置いてたたくやつ、あれ、追憶の銀幕でもやってるよーーって、それで弦で目の上切ったんだよねーっとか、そういうことの全部が楽しい、楽しさしかなかった。楽しくて楽しくて、涙が出てきてしょうがなかった。

 

これ以上どう願ったらいいかわからんとか言っておいてあれですけど、審美眼、Foxyときたらね、やっぱり頭に思い浮かべる映像ありますよね。もちろんタンバリンのこと考えますよね。だってFoxyからの流れって追憶の銀幕でもメカラの7でも9でも10でもやってるんですよ!?もうむしろこれワンセットだろ!?っていう。ということで!SLEEPLESS IMAGINATIONでございます!!もちろんタンバリン飛んでくるし吉井はナイスキャッチするし腕にひっかけちゃうし間奏の前に投げ返すしスタッフさんナイスキャッチするし。なんだろうね、吉井にタンバリンと書いて鬼に金棒と読む的な。指についたミルク、で指なめてくれるの本当に大好きですありがとうございます。ねーむらーせなーい!って歌ってくれてうれしかった!!!

 

この審美眼〜Foxy〜SLEEPLESSって三タテがすごすぎて、マジで足元不如意というか、よろけてのけぞったり後ずさったりしすぎて何が何だかわかんなくなってたんですけど、今度は照明がついたら吉井がまたギターを持っていて、鮮やかな青のギター。見たことないなーとかぼんやり考えてました。吉井が、長崎はTHE YELLOW MONKEYにとっても思い出深い、って話をしていて、そうそう昨日は餃子屋に行ってね、あの長崎で小さい餃子を食べるのは今回の再集結のリベンジのひとつでしたって。昔はね、個数制限があったんだけど…と言いながらいきなりマイクをスタンドからガッと外してアニーに向き直り、昨日はいっぱい食べたよなあ!って話を振って、昨日のにんにくパワーが今日はありあまってるとか言ってたかなあ。私はといえば、あっ、さっきFOUR SEASONSの時もマイク外さなかったのに(恒例のスタンドプレイしなかった)(恒例言うな)、餃子で外すんや!と思っておかしかったです。

ホールでのライヴ楽しいです、って、THE YELLOW MONKEYがこういうホールをいっぱいやらせてもらった最初のツアーが野生の証明で、その時もこのホールだと思うんだけど、っていったら客から「公会堂!」「公会堂だよー」と口々にツッコミ。吉井「…公会堂だよね〜。で、その次がパンチドランカーっていう113本回ったツアーでその時はここ…」客「公会堂だヨー」(私もツッコミました)吉井「…えーと、とにかく今日ここに来れてよかったです!」と強引に〆たあと、なんかこのホール来たことある気が…情報はちゃんと確認しなきゃいけませんね!とか言ってました。ちなみにこちらの手元の資料で確認したところ吉井ちゃんソロのツアーでここ使ってますからー!来たことある気って来たことあるんだヨー!ってことだけお伝えしておきます。

 

その113本やったツアーの、ぼくたちのね、チャンピオンベルトのような曲があるので、と吉井は続けた。今日はその曲で踊ってください。パンチのツアーで踊る、と言われると、俺と同じ踊りを踊れの甘い経験が真っ先に出てくるけど、チャンピオンベルト?そう思ってたら、あのイントロが始まった。パンチドランカーの。あの、何度も何度も何度も聞いた、あのイントロが。

 

叫んだし、隣にいた友人に抱きついたけど、アニー、ヒーセ、エマとつながっていくところではまだ脳内の回路がうまくつながってなかった。何が起こってるかよくわからなかった。吉井のギターが入った瞬間、全部の電流が一斉に流れたような、一気に回路がつながったような気がした。過去に引き戻されるようでもあり、前に押し出されるようでもあり、なんというか、凄まじい衝撃だった。これこそ、もう、奇跡でも起こらない限り、二度と聞くことができないだろうと思っていた曲だった。曲の途中で、フェイクのあと地名を叫ぶコールもそのままだった。打つべし、のときにちょっと戻りが遅かったのはご愛敬だった。あの、キーボードの聞かせどころの間奏で、ヒーセとエマがぴったりとドラムセットに寄り添い、吉井もアニーのほうを向いてギターをかき鳴らしていた。あの時と同じ曲だけれど、この光景は、18年前には決して見られなかったものだ、そう思うとまた涙が止まらなくなった。まだまだまだ消えない、まだ倒れない、まだまだまだやめない、まだ眠れない…。その言葉の通り、くるったようにこのバンドを追いかけていたころの自分がこの会場のどこかにいるような気がした。

 

この曲を「おれたちのチャンピオンベルトのような曲」と吉井が形容してくれたうれしさは、ちょっと言葉にはできそうにない。

そんな感傷に浸る暇さえ与えない、間髪入れずに赤裸々GO!GO!GO!の叫び!ギャー!これこそ、アリーナツアーで披露されたチェルシーやZOOPHILIAと並んで、ライヴでの起爆剤として君臨していた曲だった。このツアーでやってほしいし、いやー、やってほしいっていうか、やるでしょ!と思っていた曲でもあった。あの、指切り、してくれよー!のとこ、大好きだし、I LOVE YOU,I NEED YOUって歌いながら上手下手に走っていくのも大好き。あの手を左右に交互に振り上げる振りも大好き。着ているカフスの長いシャツにあの振りの動きがまたよく映える!ハイキックしながらくるくる回るのやってなかったけどそこはさすがに無理言っちゃいけないですね。蟻地獄で会いましょう、ほんとこれもバンドを象徴する楽曲のひとつ!

 

続いて太陽がーーー!燃えているーーー!!んもう、殺す気か!?これもアリーナでやらなかったのが不思議ですよね。プレゼントのリボン、のところで吉井がボウタイのリボンを直して振り回してたのかわいかったな。あとね、この曲のライブ帝国のDVDで、吉井が同じ場所でまた会おう、って歌うときに、ここ、ってステージを指さしてくれるんだけど、それを見るたびに、こういうことがファンにはたまらなくうれしい、うれしかったんだよなってノスタルジーに浸っていたこともあったので、この日同じように同じ場所で、って歌いながら、ここ、ってステージを指さしてくれたのがまたまたまた、本日何度目か(もう数えてられない)の感極まりポイントでした。

 

ねーむらーせなーい、じゃなくてやーすまーせなーい、とばかりにスネア二発でSUCK OF LIFE。ワーオ!これ今回セトリ外れるんじゃないかと予想してた。だって、やるとなると、長いから!しかしほんとに畳みかけるにも保土ヶ谷区。アリーナは会場も広いしキャパも多いし、同じ毒でも(毒言うな)なんというかいい感じに飲みやすくなってる感あるけど、繰り返しになりますがホールだとなんか原液そのまま飲まされてます!というか、毒とオーラと熱がダイレクトにきすぎてふらっふらになりますね。とはいえ、アリーナのSUCKは全部乗せ(絡み、メンバー紹介、各パートのソロ)だったけど、今回は一番シンプルな楽曲オンリーでした。これはこれで好き、好きどころか大好きです。吉井が最初のファスナーをおろして、のところ、前のモニタにひじついてステージの上にべろりと寝そべりながら歌ったのがえっらいセクシーだったなあ。で、これ最後のライフ、ライフ、からユアラーイフ、でFATHERに行くじゃないですか。もうこれ、96年1月12日の武道館そのまんまじゃないですか。

 

そんでね、吉井が、FATHERのイントロのなかでおとーさーん、って言ったの。FATHERはパンチのファイナル横浜アリーナの、ラス前の3月9日にもやっていて、そのときオフマイクで吉井がおとーさーん、って叫んでたって話をお友達から聞いていて、そのことを思い出さずにはいられなかったし、思い出してまた感極まるし、もうこのバンドにころされかけてるつーか安心しろお前の墓はおれたちが立ててやるというか、生きて帰れる気がもはやしないけど今ここで倒れるわけにはいかんと思いながら、もう涙とかよだれとかいろんな海に沈められました。ラストの砂の塔がどちらかといえば清涼剤ですらあった…安心して聴ける!みたいな。砂の塔の前に、ドラマのタイアップまで決まって、こんな風に順風満帆な1年をすごせるなんて、みたいなこと言ってましたね。ドラマ面白いよ!とも言ってましたね。ホールでやるライヴ、ほんとうに大好きなんで、これからもZEPPとかいろんな場所でやりたい…って言ってたけどZEPPってやけに具体名出しますね!?っていう。ZEPPとかもうチケット取れる気しないじゃん!またホールのツアーもやりたい、1年中全国回りたい、あっはっは、吉井よ…うん、ま、いいんじゃない!

 

アンコールで出てきて、まずはメンバー紹介。鶴ちゃんを紹介したときに、THE YELLOW MONKEY満喫してる〜?と吉井が振ったら、鶴ちゃんがいーっぱい!みたいな感じで手を広げて、とっても満喫してるって伝えようとしてたのが鬼かわいかったです。エマのとき、うちのお殿様、あんまり見つめると妊娠しちゃうゾ☆みたいなこと言ってたんだけど、それに答えて前に出てきたエマが右に左に縦横無尽に投げキス爆弾を投下してたんですよね。それでやおらつかつかとセンターまで来て、袖をまくってさすってるから、んん?なにー?エマたんどちたのー?みたいな目線で皆が見守るなか、また投げキスしたので吉井とヒーセが絵に描いたようにズッコケて(こういうところが昭和)、何?今のなんだったの?手品でもするのかと思ったよ!って詰め寄ってて面白かったです。一説によるとエマが腕毛を投げたとかいう話もあるんですけど、そんなキャラでしたっけエマさんってば。そういえば、どっかのMCの時に長崎はこわい(いかつい、ぐらいのニュアンス?)人が多い、いつもだったら浮きまくるこのエマの花柄のシャツでもぜんぜんなじむ、みたいな話をしたときに、エマがジャケットまくってシャツを見せてくれたんだけど、見せてくれたと思ったらやおらジャケットの前を掻き合わせてぎゅっと隠しちゃうっていう、ホントうちのおなごごろしはなにやってくれちゃってんだよまた誰かが妊娠しちゃうじゃないかよと思った夜でした。

 

アニーのメンバー紹介のときは昨日の餃子の話の続きで、18個食べたよね!と吉井が言ったんだけど、その時の客の心情「意外と普通」(私だって18個ぐらいペロリだと思う)。それを敏感に感じ取った吉井、アニーに「なんか、大したことないっぽいよ!」ってなんだそのフリは(笑)ヒーセのメンバー紹介のときは、吉井がヒーセに、この人相変わらず飲むので、そして食べるのですごく心配してるんですけど、今日リハで久しぶりにヒーセがベース弾くところを客席から見たら、知ってました!?この人すごいの。(知ってたよーという観客の心の声)あの運動量!観客を楽しませようとする気持ちがすごい。そりゃあれだけ動いたら食べたくもなるわ!だからもう好きなだけ食べていいからね!と吉井栄養士のお墨付き出ました。ヒーセは吉井の紹介の時に、車でふたりで喋ってたら、吉井が「ヒーセ、中二病の本当の意味知ってる?」と聞いてきたと。それでしばし中二病について二人で語らい、出た結論は「俺たちは『昭和の中二病』だな!」ってことだったそうです。わかるような!わからないような!というか、この前にアニーがスティックを横に持って素早く動かしたら曲がって見える!的なことをやってたんだけど、それを見たエマがピックを手元でゆらゆらしたら…見えねーよ!曲がって見えるかどうかよりエマが何持ってるかも遠目じゃわかんねーよ!っていう。そしたらそのあとやおら吉井がマイクスタンドを抱えて早く動かしたら曲がって…見えねーよ!重いし、硬いよ!バーベルかよ!とツッコミどころしかない展開になっていたのを見て、「この人たち、中二病っていうよりも、小五だと思う」と思ったとか思わなかったとか(思ったんだよ)。

 

あと、エマが7日に誕生日だったので、平均年齢が…51.25歳?(アニーのほうを見る)51?ちょうど?「51ちょうどだそうです…次にヒーセの誕生日がきたら51.25歳ね。こまかい!」てゆってたけど、4人いるんだからそりゃ平均年齢は0.25歳ずつ上がるでしょうよっていうね!そんで、こんな花柄のシャツ着てこんなことできるのもせいぜい…って言いだすから、60までとか言うんかな?と思ったら「せいぜい80くらいまでだよね」って、すげえな!オイ!お前80ワシャ70だよ!ストーンズみたいな偉大な大先輩がまだまだ輝いているのをみると、それを見習いたいなって思いますね、って言ってました。

 

今まではインディーズだったと思って、新人バンドのつもりでがんばりまーす、ヨロシクオネガイシマース、って選挙宣伝カーみたいな口調の吉井も新鮮だったな。このバンドは本当に日本の裏国宝だと思う、それで、インディーズ時代に作った俺たちの国歌のような曲を、といってJAM。

 

JAMに続いてBURNで、アンコールはド定番のメジャー曲で固めてきた感。南の地で聴くBURN新鮮だし、やっぱりアニーのドラムが最高だし、吉井の動きはキレッキレだし、ほんと吉井和哉って美しい男だなってアリーナツアーのときにも思ったことをまた実感したり。アリーナのラストが犬小屋だったので、ホールで犬小屋はなしかな〜、そうなるとASIANかな〜、どっちも捨てがたいけどな〜、なんて開演前に考えてたんだけど、やっぱりASIAN!強い!!この曲のこういう強さが好き!!!イエッサー!で特効がないのもなんか新鮮だったよね…!

 

アリーナでもやってたけど、夢よ飛び散れ花となれ、で吉井が介錯するじゃない。で、介錯した首を掲げて、マイク向けて、小脇に抱えてアンプの上に乗せるじゃない。ASIAN終わってはけるとき、アニーがそのアンプの上のエア生首をいいこ、いいこって撫でてたのがねえ、くっそアニーめお前のそういうとこが俺は好きなんだよー!と叫びたかったです。でもってそれを見ていた吉井はアニーが去ったあとそのアンプから首だけ覗かせて生首風にしてたけど誰にもいじってもらえませんでした もらえませんでした もらえませんでした 僕はなんて言えば(名曲を茶化すの禁止)

 

吉井が袖に捌けるとき、いったん捌けた後またぴょこっ!と両手をあげて顔を出して、そしたら吉井に続いていたエマも袖に消えた後ぴょこっと同じようにバンザイのポーズで顔を出して、エマが引っ込んだらまた吉井がぴょこっ!くっそ…自分がちょっとかわいいからって…かわいいからって…か、か、かわいいい〜〜〜〜〜!!!!!

 

2時間10分くらいだったのかなあ。アリーナに比べれば尺は短いけど、濃密さでは決して負けてないんじゃないかとおもう。マジでいろんなものにしてやられてへろっへろになりましたもん。感無量以上の感無量だったし、なんかもう終わった後胸がいっぱいでしばらく席を立てず。スタッフの方にロビーに移動してくださーいと促されるまで座ってあのTHE YELLOW MONKEYの電飾を見つめておりました。

 

本編はシングル曲も数えるほどしかなくて、でもアリーナで聴けなかったこれぞという曲がちゃんと入っていて、昔からおなじみだったFoxyからSLEEPLESSへの流れとか、SUCKからFATHERへのつなぎとか、そういう過去の符丁を味わわせてくれる構成だったなと思います。長い不在の時間、バンドへの思いを心のどこかに持っていたファンへのごほうびというか、ねぎらいのようにも感じられて、たまらない気持ちになりました。

 

駅前まで移動して、郵便局の前を通って、今ここにファンクラブへの入会振り込み用紙があれば、また郵便局が開くまで待ってここで手続きするのにーなんて笑って、私は長崎になんの縁もゆかりもない人間だったけど、もう長崎は第二の故郷だよ、すくなくともTHE YELLOW MONKEYを介してここは永遠に忘れられない土地になったよ、と稲佐山の夜景を見ながら思ったことでした。

 

今回のホールツアーはこの1本で私は終わり、最初で最後だったわけだけど、吉井のソロのツアーも含めて、贅沢な話だけど1ツアー1本だけって、本当に久しぶり、というか、初めてかもしれない。もちろん、チケットさえあれば(そして時間と有休の都合がつけば)どこにでも行きたい。いつ何時でもライヴを見たい。そのためなら大抵のことをがまんできる。と思う気持ちは一山いくらで売りたいほどにあるわけですけど、でも不思議と心が満たされているのもまた事実で、それは1本をかんぺきに楽しむためにやれることをぜんぶやった、もてる集中力のすべてを注ぎ込んであの場にいた、という満足感があるからだと思います。

 

長崎のSubjective Late Showは本当に最高のライヴ、最高のショウ、最高の夜でした。長崎しか行ってない私が言うんだからまちがいない。

 

おもえば、私が初めてWEBに「ライブレポ」なるものを書いたのは18年半前のパンチの長崎のライヴでした。友人のホームページがそうやって各地参戦したひとのレポを募って載せてくれていて、そうして更新される各地のレポを見る楽しみを知ったし、自分も見よう見まねで書いてみたこと、思い出します。

 

この18年の時間が私の味方になってくれていれば、すくなくともその時よりはちょっとはマシなレポが書けていると思いたいのだけれど、でもあまりにも思い入れが過ぎて、レポとしての面白みは薄いかもしれませんね。でも、そうなっちゃう思い入れを育ててきたバンドだし、育ててきたわたしだから、そこはどうかご容赦ねがいたい。

 

ほんとうに楽しく、美しく、素晴らしい夜でした。もういちど長崎に連れてきてくれたこと、ありがとう。18年前と同じように、きっとこの夜のことも、ずっと、ずっと、忘れません。

 

セットリスト

 

Subjective Late Show
ALRIGHT
ROCK STAR
I Love You Baby
VERMILION HANDS
聖なる海とサンシャイン
FOUR SEASONS 
SHOCK HEARTS
審美眼ブギ
Foxy Blue Love
SLEEPLESS IMAGINATION 
パンチドランカー
赤裸々GO!GO!GO!
太陽が燃えている
SUCK OF LIFE
FATHER
砂の塔
〜アンコール〜
JAM
BURN
悲しきASIAN BOY

23:32 | comments(12) | -

THE YELLOW MONKEYのDVDを総まくる!その21"THE YELLOW MONKEY SUPER JAPAN TOUR 2016 -SAITAMA SUPER ARENA 2016.7.10-"

2016年10月19日DVD/Blu-ray発売。再集結後のアリーナツアー「THE YELLOW MONKEY SUPER JAPAN TOUR 2016」の、全行程の折り返し地点で行われた7月10日のさいたまスーパーアリーナでのライヴを完全収録している。

 

再集結初日となった代々木第一体育館でのライヴは、1曲目のみ各メディアで生中継され、また8月3日の横浜アリーナにおけるYOKOHAMA SPECIALはスカパーで生中継されるたほか、シングル「砂の塔」のFC限定盤に熊本B.9で行われたライヴの一部映像が特典でつくなど、再集結に纏わる映像は他にもあるが、映像化第一弾はシンプルに一公演を完全収録でリリースという形になった。翌年に映画の公開を控えているため、ツアーでのオフショットやリハーサルの様子などはそちらで見ることができるのかもしれない。

 

今回のツアーでは、初日からの流れでJAMのあとメンバーが三々五々捌けていく中、最後にセンターでアニーがひとこと述べるというのが恒例になっていたが、この日彼は「おれもみんなに言われて嬉しい言葉がひとつあって。「生きててよかった」ってやつ。おれも生きててよかった。生まれてきてよかったです」と言い、満場の観客を涙の海に沈めたのだった。

 

15年ぶりのライヴのステージで、THE YELLOW MONKEYという服を着ようとしていた彼らが、自分たちの着ているものがTHE YELLOW MONKEYなのだ、という自信を身につけ始めた頃のライヴでもあり、その帰ってきたかつてのふてぶてしさと、バンドとしても初めての会場に挑む緊張感、新鮮さもあって、いろんな顔のTHE YELLOW MONKEYが楽しめる。そして何より、ここにいる彼らはほんとうに楽しそうだ。お互いの顔を見交わすショット、すれちがいざまのハイタッチ、アイコンタクト、解散前よりも距離が縮まっているのではと思わせるそれぞれの立ち位置が、このバンドに帰ってきたメンバーそれぞれの喜びを如実に表しているように思える。それを待っていたし、それだけが待っていたものだと改めて思わせてくれる作品である。

23:06 | comments(2) | -

THE YELLOW MONKEYのDVDを総まくる!その20"メカラ ウロコ LIVE DVD BOX"

2009年12月発売。収録されているのは1996年12月28日、日本武道館での「メカラウロコ7」、1998年12月28日同じく日本武道館での「メカラウロコ9」、1999年12月28日同じく日本武道館での「メカラウロコ10」、そして2001年1月8日東京ドームでの「メカラウロコ8」の4本のライヴである。ボーナスディスクには1999年12月29日のファンクラブ公演で演奏された「毛皮のコートのブルース」とメカラウロコ7のバックステージの模様が収録されており、同梱でTHE EXHIBTION AND VIDEO FESTIVAL OF THE YELLOW MONKEY メカラウロコ・15のパンフレットの縮刷版が入り、予約特典には各「メカラウロコ」のチケットレプリカがつくなど、文字通り「メカラウロコ」尽くしのDVDBOXである。

 

解散後に雑誌のインタビューで吉井和哉が「あんなのが残ってるから再結成しろって言われちゃう」などと語りながらも、「まあでもあれ(メカラ7)は完全版出すべきだね、いつか」と言っていた、そのライヴ映像が他の「メカラウロコ」と共にバンド結成20周年企画の一環としてようやく発売されたもの。

 

もともとメカラウロコとは、散々語られているように1989年に彼らが現メンバーになって初めてライヴを行った「バンドの誕生日」である12月28日に、「報われない楽曲たちの供養」として初期曲をふんだんに盛り込んだライヴをやったのがことの始まりである。12月28日に武道館でライヴをやったのは1996年が初めてではなく、1995年12月28日もFOR SEASONのツアーの一環で同日に武道館でライヴをやっているが、その時はなにもイベントめいたことはなかった。翌年に、イベンターが武道館を押さえていた日と、「バンドの誕生日」がたまたま一致していることに気がついたのが、この伝説のはじまりのきっかけである。

 

吉井和哉が「もっとも好きなライヴ」という「7」、過酷なパンチドランカーツアーの真っ最中、武道館3DAYSの3日目に前日までとセットリストをほぼ総入れ替えで行われた「9」、10周年の区切りでもあり、模索期に入っていたことを象徴するようにホーンセクションや女性コーラスを加えての構成だった「10」、そして実質のラストライヴとなった「8」。すべてがエポックなものになったこともあって、この「メカラウロコ」がファンにとって憧れと共に口の端にのぼるのも無理からぬことだろうと思う。

この記念すべきDVDBOXの解説を、元R&R NEWSMAKERの押部啓子さんが各ディスクの紹介と共に書いてくださっている。押部さんは前述の、吉井和哉が「完全版を出さなきゃ」と語った時のインタビュアーでもあった。一部を引用します。

 

“「メカラ ウロコ」は、「7」の未収録分を含め、映像がないせいで記憶や伝聞が入り混じり、解散してしまったという感傷もあいまって未だ熱心なファンの胸中にひきずるような残像を残していた。それが完全版で世の中に出る。そして今回もまた、冷静に向き合えばそこに全てがある。”

 

THE YELLOW MONKEYというのはどこか不器用なバンドだった。際立つあざやかなかっこよさだけでなく、苦しさや切なさ、その一勝一敗を閉じ込めたようなDVDBOXである。完全生産限定で製作されたものだが、再集結を機会に、ぜひ再販してほしいと思う。

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THE YELLOW MONKEYのDVDを総まくる!その19"パンドラ ザ・イエロー・モンキー PUNCH DRUNKARD TOUR THE MOVIE"

2013年9月28日に公開された劇場版を同年12月にDVD/Blu-rayで発売。DVDのみ初回限定盤が存在し、映画本編+特典映像のディスクのほかに、1998年7月のロンドンアストリアでのライヴ映像をフルで収録したディスクがついている。


劇場版本編の監督は高橋栄樹が務め、もしかしたらPUNCH DRUNKARDのツアー後に「出そうとしていた」オフショットを含む厖大な映像をこの劇場版制作にあたって見直したと述べている。中には、あの有名な「このツアーは失敗でした」発言もしっかり取り上げられているが、しかしこうして赤裸々に語られた今だからこそ、これをこうして形にするのはツアーから実に15年以上の歳月を要したというのも、わかる気がする。それほどまでにこのツアーは過酷で重く、その重き荷を背負いて長き道を征く彼らの姿は壮絶である。

 

この劇場版制作に当たって、当時のスタッフからも数多くの証言が寄せられているが、メンバー4人については2013年6月19日に都内某所でボーリングに興じながら4人が当時を振り返るというスタイルが取られており、そのどこかさばさばとした様子は、この映像における一服の清涼剤でもあった。実にこの「パンドラ」による過去の清算を経て、その約2週間後に吉井和哉は「ぼくともう一度バンドをやってくれませんか」というメールをメンバーに送っているのである。


特典映像には1998年4月の北見市民会館でのWELCOME TO MY DOGHOUSE、7月ノッティンガムでの「BULB」、そして3.10の「悲しきASIANBOY」が収録されているが、DVDとしても発売され記録にも残ってるASIANをなぜここで選んだかは、実際に観て頂ければおわかりになるのではないかと思う。

 

初回限定盤のみについている1998年7月のロンドン・アストリアでのライヴについては、「クズ社会の赤いバラ」などここでしかライヴ映像が見られないものもあり、初回限定のみというのは、なんとも惜しい。
 

23:05 | comments(2) | -