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「オトトキ」を見てきたのよ

映画の製作がファンに伝えられたのは昨年8月の横浜アリーナでの終演後で、その時にはこれほど(1年以上)先の公開になるとは思ってもみませんでしたが、ようやく!11月11日!ポッキー&プリッツの日に!めでたく劇場公開と相成りましたやんややんや。しかし私の住んでいる香川県では上映がNAI、香川どころか四国でもNAI、っていうか中国・四国地方で広島の1館のみってどういうことだよオラぁ!なんで?イオンにイノシシが乱入するから!?(関係無)ということで折角遠征するならお友達と見ていろいろああだこうだ言いたいよねとばかりに福岡まで押し掛けたわたしです。福岡!来月も!お世話になります!

 

いちおう映画のまじめな(?)感想はこちらのブログに書いたので、こっちではどうでもいいメモ書きを例によって書いてみたよ。ほんとうにどうでもいいし当たり前だけの映画の内容をがっつり遠慮会釈なく書いているので注意!

 

・ラママ無観客ライヴでの吉井の衣装、表を歩いているときは「なんと派手な…」と思うのに、あのステージに立つとこわいくらいドンピシャで、この人の着こなし力のすごさ!と思いました。※ただしステージに限る
・最初5月11日の代々木で割と観客のインタビューを撮っていたので、えっこれが続くのは困る!(何が)と思いましたけど杞憂でしたよかった。あの代々木の観客の中ではなんといってもプライマル。を聴きながら隣の彼女に声をかけようとして泣いてしまい、ぐい、ぐいと何度も涙を拭う男の子の姿が印象的だった。印象的っていうか、ああいうのもらい泣いちゃうやつやー!
・そして開演前の吉井の緊張ぶりな…あえて口笛とか吹いちゃうのがほんと吉井っぺー
・個人的にはあのカウントダウン見ながら、ああ〜ここに至るまでの怒涛の日々の火蓋があの瞬間に切って落とされたんだなーとしみじみしました
・TYMSの代表が青木さんてワシ知らんかったよー!そうなのか!青木さん…立派になって…
・それでも楽屋に大森さんや倉ちゃんの顔を見ると安心するところもあったり
・神戸の前のリハで吉井が例の「Yahoo知恵袋でバンドの音をよくする方法を模索」っていう相当なアレをメンバーの前でアレしているのが見られて、その時のメンバーのアレが拝みたかったとか言わないよ絶対
・個人的に神戸のライヴで印象に残ってるのは、そのときのレポにも書いたけど、神戸のオーディエンスはすごく深く聴くのがうまいなーと思ったんですよね。バンドのグルーヴの変化と相性の良さもあったのかもしれないなーとか
・私が神戸で思い出すのはSUCKのときのライフ、ライフのあとの静寂だなーあれほんと美しかったし劇的だった…


・パンチのツアーのときのさ、ヒーセとお子さんの写真が出たじゃないですかNHKホールの…めっちゃいい写真だったよね…パンチのNHKホール良い思い出しかない、またNHKホールでTHE YELLOW MONKEYが見たい(欲望果てしなし)
・砂の塔のレコーディングのときの、ヒーセのベース聞いてて吉井が破顔一笑して「つーよーい!」っていうとこめっちゃかわいくて好き
・途中で、メイクを自分たちで…って話になって、鏡前に4人が並んでるあの絵がね!もう最高だし、昔は自分でメイクもしてて…って話で出てきた写真がLIVE DI;GAのときのだった〜〜〜〜もう全方位で私が好きなやつ〜〜〜あのヘアスタイルもオラオラ系の衣装も全部すきなやつ〜〜〜ってなったしあの写真をくれ、ください
・あれ監督絶対意図的に並べてると思うんだけど、ラッパ、トランポリン、熱湯って吉井が何かと「〜にいいらしいよ」つってグッズを持ち込んでるの最高に笑いました。伝聞ばっかりやないか!吉井の家に健康グッズが並んでないか心配だよおばちゃんは!
・エマが歯磨きながらどうでもよさそうに「そのてぶくrしでおあgり」「なに?」っていうやりとりの様式美な!
・吉井がなんだろうねこの家族感、ぼくはヒーセを兄貴だと思ってて、アニーをどこか弟だと思ってて…って話してて、うんうんそうだねそうだねって思ったけど、これあれじゃない、アニーも吉井のことどっか弟みたいとか!思ってたら!おもしろいね!
・弟っていうか、このひとをなんとか支えてあげなきゃ的なアレ
・でもってエマはヒーセをお兄ちゃんていうか、頼れる存在って思ってて、ヒーセもそんな風に思ってるんじゃないかっていう。つまり頼り合う年上組と支え合う年下組だよ!うつくしい!よくできてる!


・あとどれだけ時系列がバラバラに構成されても吉井の髪型でほぼ正確に時期を特定できるっていう、吉井の髪型地層説(誰も唱えてない)。ほんといっときもおんなじ髪型してない…まあこれ今に始まったことじゃないけど…
・そうだ、トニー・ヴィスコンティが出てきてびっくりしたよ!まさかイギリスまで!そしてめちゃくちゃいいこと言ってくれていた

・メカラの、武道館のASIANで北スタンドに年配の、それこそ吉井のお母さん?ぐらいでもおかしくないような女性がめっちゃニコニコのノリノリで、あれほんとあそこだけで泣けるやつ
・武道館終わった後の青木さんのホッとした顔もよかったな〜
・ホールの長崎のときにエマが腰を痛めてて、楽屋に戻ってきたエマに吉井がぴょこっと顔出して「よくなった?」って聞いたのがね、あれだ、ツボだ、私の(無駄な倒置法)
・CDJの様子、あの場にいたひとには心臓きりきりもんだろうし、(特番で志磨さんも言ってたけど)相当な尺なので、なんか吉井の喉が辛そうだから見てるこっちも苦しくなる!っていう状態に陥ったよね…でもあんな状況なのに自分の喉を指さす吉井の手がめちゃ綺麗…とかも考えてて余裕あんじゃねえかよオメー、すいません
・でもほんとね、私の知ってる役者さんで咳払いしたとたんに一切声が出なくなった(後で治ったけど)ってパターンもあるので、お大事にだよ吉井ちゃん(今言ってもね)
・あれどこの時だっけね、エマのリーゼントがちょうかっこよかったしほんとあのエマの顔が最高にいい仕事してた


・最後のラママでの無観客ライヴの前にメンバーそれぞれに監督がインタビューしてたけど、吉井に「メンバーにあの時どう思ってたのかってのはもう一生聞かないのか」って質問をぶつけてて、さらに「それをこの日のステージで聞いたりはしない?」とも畳みかけてもいて、実際その答えを監督が知りたかったのかどうかはわかんないけど、そうかーそういうことを聞いてみたいと思うんだな、ってすごく新鮮だった
・吉井の答えは「もう自分でも忘れてきてる」っだったけど、まあ、それがほんとかどうかはともかく、吉井は他の3人があのときどう思ったかってことを聞くタイプではないし、聞いたとしてもそれで考えを変えるタイプではないと私はおもいます
・言葉にしなくてもわかりあえる、っていうんじゃなくて、実際一度はそのやさしさっていうか、互いが思いやるところが仇になった部分も無きにしも非ずだったわけで、でもだからってなんでもぶつけ合うっていう人たちでもないよなって思うし、それでいいんじゃないかなあって
・ちなみにこのブログは何でも書いて残しておくブログなので、吉井が「ゲストとゲスト」に出たときにブラマヨ吉田さんに「解散するとき不安とかなかったですか」って聞かれたときはこう言ってました
・「不安よりももう疲れたっていうのがまず先にきちゃってましたね。ほんとに自分が弱かったし、思い上がっていたような気もしますし、なんかひとりでやってみたいと思っちゃったんですよね」なるほど…
・最後がROMANTIST TASTEで、吉井が客席のほうから3人を見てニコニコしてたり、アニーがそれに答えて笑ってたり、ヒーセもエマもすごくリラックスした表情で、なるほどこれが監督の見たかった「4人のためだけの空間」なのかなーと思いました
・でもねえ、わたしは、吉井が2回目のGimme your neckで首を搔き切るしぐさをして見せたとき、一瞬腰が浮きかけるほど興奮したし、ハーやっぱりROMANTISTのカッコよさはもはや私の血肉になってるなって改めて思ったし、そしてそういうことをして観客を興奮の坩堝に叩き込んでいる4人が好きなんだなってことを改めて自覚した次第です

 

 

パンフレットの4人のインタビューを読むと、アニーは監督とぐっと近くなってメンバーと監督との橋渡しをしたような感じで、こうして映画を作るのなら、ハッピーハッピーなものだけをみせてもしょうがない、リアルな自分たちをこそ見てもらうべきだと考えて、実際にそういう決断をしているのが本当にすごいなって思いました。監督が、撮っているうちにどんどん彼らのことが好きになったと語ってくれているのも嬉しかったです。ね、みんな根はいい子なんですよ…怖いのは最初だけ(ヘイハニー)。

映画の主題歌はエマの作詞作曲で、最後はWE MUST GO ONという言葉で終わるけれど、映画は終わっても、人生はまだ続く。もっと高みへ、もっと遠くへ。この映画を、あるひとつの通過点として振り返る日がくることを、楽しみにしています。
 

00:37 | comments(5) | -

夢の片道切符

ちょっと固め(いつもよりは)な話をするかもしれない。しないかもしれない。先日東京ドームが両日ソールドになりましたよアナウンスがありましたね!たいへんおめでたい。いやそりゃまあこれから譲渡とかトレードとかいろいろあると思いますが、いったん主催が売り切ったっていうだけでも大したものです。すげえなー、すげえことになってんなー、となんだか遠いまなざしで見ているような感覚のわたしです。いやあなんか、実感ないよ(まだないのかよ!)ドーム2days売り切るって!!

 

というような話がしたかったのではなくて、もうひとつのドーム、今年の12/28のメカラウロコ@ヤフオクドームの話なんですけど、先日FC先行の抽選結果発表がありましたね。めでたく当選!やんややんや。日程が出た瞬間にホテルも取ったし万全の態勢です。
駄菓子菓子!
今回の抽選結果には個人的にもや〜としたことがあり、またそれが局部的な現象ではなかったようなので、そのもや〜は一体何に起因するのかっていうのを考えてみたいと思うのじゃ。考えなくてもいいという声も聞こえてくるような気もするがもう考えちゃったんだからしょうがない。

 

まず、今回は「FCの先行」で申し込みの条件は「申込者が会員であること」。同行者は非会員でもよいが、EMTGのIDを取得し、電話番号と名前の登録が必須である。そして、取り扱いは「電子チケットのみ」。ここ大事です。で、今回このルールに則って申し込みをしたところ、自分が申込者となって同行者(FC会員)を指定したものと、同行者が申込者となって自分を同行者としたものと、どちらもが当選したという事案が結構な数発生しているわけです。かつ、今回クレジットカード決済を選択した人は、当選と同時に決済されるため(まあ、普通そうです)電子チケットで自分の電話番号に2枚チケットがあるという事態になった(私もこのパターンですが、友人がコンビニ振込を選択してくれていたため、正確には重複を免れてます)。そして、その重複したチケットをじゃあどうするのか、というと主催の回答は「トレードに出すしかない」ということらしい。

 

チケットを取る、という行為をするときに、そのチケットが激戦になりそうか(需要と供給のどちらかに秤が傾きすぎていないか)、そもそもその時期に自分が確実に行けると見込めるのか、同行者はどうなのか、そういった要素を皆考慮して申し込みをします。そして申し込みの態様によっても、その取捨選択は変わるでしょう。今回のチケット発売が、通常のプレイガイド先行だったら、同行者の指定もなにもなかったら、もしくは百歩譲って紙チケットの選択肢でもあれば、重複当選者は重複当選自体を「リスク」として負うべき、というのは多分ほとんど異論のないところなんじゃないかと思います。

 

私が今回いちばんそれはどうなのか、と思った点は、「絶対に放出しなければならないとわかっているチケットを二重で販売し、かつ、出口を一か所に狭めていること」です。しかもこの場合の出口は「トレード」で、そのトレードを主催するのはチケット販売の主催と同一であるという。「絶対に放出しなければならない」となぜわかるかというと、EMTGのIDのみならず電話番号を登録させ、かつ電子チケットであるため当該電話番号を持つデバイスにしかチケットを表示させることができないという仕組みを主催から提供しているからです(親子同行者の場合は1つの携帯に2枚表示されるが、そもそも同行者に自分と同じ電話番号を入れるので例外中の例外)。二重で売ったうちのひとつは必ず放出しなければならないと知りながら販売し、その売り場を自社が提供して手数料を取る。
ほんとうにそういうやり方しかなかったんでしょうか?

 

重複管理ができることは、東京ドームの先行の例でも示されていますし、そもそもそのための(重複当選をさせないための)同行者登録だったはずです。友人同士でFCに入っており、どちらもがTHE YELLOW MONKEYを大好き。ライヴの先行を、お互いが申込者となって申し込む。ここまでになんら落ち度はないように私には思えます。どっちか一人だけが申し込むべきで、この申し込み自体がズルい、と言われてしまうと、いやそれは…双方権利を行使しているだけじゃないのか?と思いますし、そもそもその権利(先行予約)が行使できることがFCの売りのひとつなのではないでしょうか?もちろん、そうすることによって1人に複数枚のチケットが行く可能性があり、それが高額転売の温床になっているという指摘はもっともです。でも、だからこそ電話番号とIDを登録させて電子チケットのみに縛るという、高額転売を防止するための措置を取っていたはずです。

 

重複で申し込んでいる以上、たとえ上記のような状況であっても、そのリスクは負うべきだ、と主張される方もいるかもしれませんし、それも一理あるかと思います。それがいやならひとり1枚で申し込めばいい、そうかもしれません。そういうことを今回多くの人が学習した、よってこれは高い授業料として甘んじて受け止めろ、そうするべきなのかもしれません。

 

でもやっぱりどうしても、「ほんとうにこんなやり方しかなかったのか?」という気持ちが消せません。同行者登録をしたのだから、重複当選はないにきまっている、そう考えた私(たち)の考えが甘かったのだとしても、その誹りを受けなければならないとしても、せめて今回計らずも自分の携帯に2枚のチケットが来ることを余儀なくされた対象者には、トレード以外の譲渡の方法を提供してほしいと思うのは間違っているでしょうか?自分の友人や、家族や、近しいひとをがんばって誘えるように。せめて複数の出口を用意してほしいとおもうのはいけないことなのでしょうか?

 

ファンクラブというものに何を求めるかは、ひとによって違うでしょう。私は、正直なところ、ほとんど何も求めていないタイプの人間だと思います。情報の早さも、いまやこれだけSNSが縦横無尽に駆け巡っていて、その中で公式が常に最速で情報出すということ自体ちょっと現実的ではないとすら思っています。メンバー自身の発信する情報はありがたいですが、それがなかったとしてもFCを辞める理由にはならないでしょう。物分かりがいいわけではなく、もうそういった情熱を失ってしまっているといったほうがおそらく近いです。それでもFCに入っているのは、なによりもライヴが見たいから(そのための機会を拡大したいから)、そしてあえてもうひとつあげるとするならば、私はTHE YELLOW MONKEYというものと積極的にかかわっていきたいという意思表示のようなものだと思っているからです。FCに何を求めるかは人の数だけちがっても、このバンドに積極的にかかわっていきたいという意思はきっと皆同じです。FCがなにをすべきかは私にはわかりません。でも、FCが絶対にやっちゃいけないことは、そのファンの積極性を削る行為なんじゃないかと思います。そして今回のことは、システムとしてその積極性を削る行為に限りなく近いと思うのです。

 

こうしたチケットトレードも、電子チケットの仕組みそのものも、まだ発展途上であって、いち早くこうしたシステムを導入しているのは、高額転売を野放しにしたくない、という主催の意識の表れだと思っています。そしてそれは今後、あらゆる興行というものを主催する立場のひとに、すべからく自分のこととして考えてもらいたい問題です。よく言われる、高額転売は誰も損するひとはいないという理論(主催はチケットを売り切っているので損はない、欲しいというひとがより高い金を出しているだけだ)にいつも置いていかれる存在、「ルールを遵守し転売チケットを買わず、結局ライヴを見ることが出来ない」ひとたちのことを自分のこととして考えてほしい。そのためにも、皆がより積極的に利用したいと思える、信頼できるシステムがこの先構築されることを、心から願います。
 

23:03 | comments(6) | -

吉井和哉さんお誕生日おめでとう

昨年放送されたTHE YELLOW MONKEYの「情熱大陸」が、再編集され、GYAOで45分の拡大版で期間限定公開されているというのを公式さんがお知らせくださったので、昨日さっそく見ていたのだが、もともとの放送の尺からするとほとんど倍ぐらいの情報量になっているような感じで、とても見応えがあった。放送されなかったとスタッフブログで書かれていたのは4人まとめてのインタビューの部分だったのかな。最後の「夢」のところでエマが東京オリンピックのセレモニーでやりたいとか言っていてお殿様の夢はでっけえな!と思いました。エマちゃん白シャツちょうお似合いだったね。あとこれは本放送時にも流れてたけど、吉井がもういっかいぼくとバンドやりましょうってメール送った時のメンバーそれぞれの反応で、アニーの半分はにかみながらの「うれしかったですね」が何回聴いてもぐっときちゃう族のわたしだ。ヒーセの上野探訪も長めになってて、よく行ってたお店とかまで紹介してたんだなあ。

 

ラママを訪れたときの、吉井があの半地下の天上の低いステージの真ん中に立って、この縦のラインめちゃくちゃ落ち着く、と言っていたのもよかった。そのあとの、20世紀のことは置いていこうと思っていたけど、置いていっちゃだめでしょ、と思ったという話も。

 

その中で、吉井が「僕がイメージするロックの起承転結というか、そこに今向かっているので。なぜロックをはじめて、どうやって転んで、最後どうやって結ぶか。始めたからにはね」と語っていた。

 

その言葉で思い出したのが、2000年のRIJF、あの雨のフェスのアクトの直後に、吉井がインタビューに答えて言った言葉だ。「どう死ぬか。何をして死ぬか。」

 

THE YELLOW MONKEYがいない間、たくさんの…とはとても言えないが、いくつかのバンドのライヴをワンマンであれ、フェスであれ、見る機会があったけれど、当たり前だけれどバンドにはそれぞれの色合いがある。そしてどんなバンドにも、そこに至るまでの物語があるだろう。中には、そうした物語を超えてなお、ずっときらきらと輝いているバンドもいたし、そのエバーグリーンなきらめきは、私にはとても眩しく見えていたことを思い出す。

 

THE YELLOW MONKEYはもう解散しないと吉井和哉は語り、実際に今彼はそう信じているのだとおもう。けれど、たとえその言葉があっても、彼らの姿を見ているとなんともいえない、一抹の切なさがあるし、それは解散前も解散後も再集結後も変わらないもののひとつだ。その切なさはなんというか、やはりどこかに「どう結ぶか」という部分がその底にあるからかもしれない。それはバンドにも、吉井和哉というひとそのものにも共通する部分であるような気がする。

 

でも結局、わたしはその切なさが多分、心底、好きなんだろう。常葉の輝きをもつものではないが、春になれば芽吹き、夏になれば咲き誇り、秋の寂しさを知り、冬の厳しさに耐える。そういうバンドであり、そういう人間であるひとが。

 

まさかあなたが51歳の誕生日を迎えるまで、こんなにしつこく好きでいるとは!自分でもびっくりです。ずっと好きでいれたらいいなと思います。お誕生日おめでとう。どうか素敵な50代を過ごしてください。そういえば、6年前のFlowers & Powerlight Tourで、吉井和哉は55歳で再ブレイクするとか言ってたの、覚えてますか。55歳で再ブレイク!きっと最高ですね。楽しみにしていますよ!

00:08 | comments(4) | -

オトトキ下から見るか横から見るか

オトのトキを、想う。TYM。(それJT)

 

とか言いたくなる(ならない、ならないよ)今日この頃、皆様いかがお過ごしですか。2017年も後半戦待ったなしですが、DRASTIC HOLIDAYツアーやら九州スペシャルやら、黄猿さん方面もにわかに騒がしくなって参りました。昨年から(思えばあれは横アリの終演後じゃった)(おばあの遠い目)予告されていたイエローモンキーの映画「オトトキ」も公開日がようやく発表され、各映画祭に出品されるとかされないとかこちらも盛り上がってきているところ、とはいえ映画となると、しかもこういったミュージシャンのドキュメンタリみたいなジャンルの映画となると、なんだか勝手が違って戸惑うわ!な向きもけっこういらっしゃるのかもしれないと思い、誠に勝手ながら私なりのオトトキ下から見るか横から見るか(いや前から見てくださいよ)なあれやこれやをまとめてみたいと思いますん!とはいえ、現時点(9月27日)までに出ている情報から推測で書いている部分も多々あるからね!基本的には自分で最新情報チェックを忘れちゃだめだぞ!


★いつ見る?
まず皆が気になっているところとして、「11月11日公開なのはわかった…で、いつまでやってるの?」ってことではないでしょうか。というのも、再結成前に劇場版として公開された「パンドラ」は特定の劇場のみ継続上映したものの、他の劇場は特定日の劇場公開であったため、この「オトトキ」は実際どうなのよ、公開日に見に行かないと見逃しちゃうの?それともそんなに慌てなくてもいいの?というところが気になる木!という方も少なくないのでは。

ここからは推測も入りますが、現時点でたとえば「1週間の限定上映です」みたいな注意がないこと、松永監督のツイートに「この映画がより沢山の劇場で公開されますように」という言葉があったことからして、いわゆる一般の封切り映画と同様の扱い、つまり

「いつまでやるかは動員次第!」

っていうことなんだと思います。もっと言うなら、動員次第で公開劇場が拡大していくこともあり得る!のかもしれない!逆に言えば、客足がサッパリなら早々に上映終了ということももちろんあるわけですが!せつない!

 

通常、シネコンはその週の週末から金曜日(場合によっては木曜日)までのスケジュールを、火曜ないしは水曜に発表することが多いので、最初の1週間の上映スケジュールがそこでようやくわかることになります。11月11日(土)公開であれば、映画館によって異なりますが、概ね11月7日か8日頃に向こう1週間のスケジュールが出る感じです。ここがライヴと違ってもどかしいところで、1日に何回もかけてくれる可能性もあるかわりに、「何時」という部分はそこまで決めることができないってことですね。

 

で、この事実をふまえて個人的にぜひおすすめしたいのが、見ようと思っている人はできれば公開日ないしは翌日の日曜日に見てくれるとうれしい!ということです。この週末の動員と興行収入がランキングとして発表されることも勿論ありますが、なによりこの週末の動員を見て翌週以降のスクリーンの規模と上映回数が決められると言っても過言ではないからです。沢山動員すれば、じゃあ翌週はもう少し大きなスクリーンにするか、とか、上映回数増やすか、という判断に繋がるかもしれない。もちろん無理にということじゃないですすよ!でも早く見たいな〜!という方にはがんばって公開週の週末の鑑賞をおすすめしたい次第です。

 

でもって、動員次第とはいっても、おおよそどれぐらいなの?1か月は見ておいて大丈夫なの?と気になる方もいらっしゃるかもしれません。そこで参考になるかもしれないのが次週以降に公開される映画のラインナップです。ちなみに翌週からの公開映画で大規模公開になりそうなのは「火花」「ジャスティス・リーグ」(みんな見てね!)(私情)(11/23)、「探偵はBARにいる3」「鋼の錬金術師」(12/1)、「オリエント急行殺人事件」(12/8)、そして「スター・ウォーズ最後のジェダイ」(12/15)、こんなところでしょうか。個人的な感覚から行くと、観客の集中しそうな大都市圏以外の方は、11/23より前に見ておいたほうがいいんじゃないかと思いますし、大都市圏であったとしても12/1の「探偵」と「ハガレン」の大波を乗り切るのは相当難しそうです(映画の日でもあり、ここで相当数の作品が入れ替わると予想)。もちろん、公開日以降に順次地方の映画館で公開が決定されることもあるので、最終的なリミットは神のみぞ知るですし、公開2週でダウン!みたいなことだって考えられるわけなので、上映スケジュール更新のタイミングで、その週末を乗り切れるのか、乗り切れないのかを確認することが大事です。

 

★どうやって見る?
現時点で公式サイトにあがっている劇場数は33館で、ユナイテッド、Tジョイ、TOHOのほか松竹系のシネコンもかなりあります。大半の劇場がインターネットによる座席指定予約を可能にしていると思いますが、この販売スケジュールは映画館によってまったく異なりますので要注意です。たとえばユナイテッドシネマは「毎週水曜日にスケジュールを発表、その週の土曜日から一週間分のチケットの販売を開始」ですし、TジョイのKINEZOは「鑑賞日2日前の午前0時に予約可能」となります。
もちろん当日行ってその場で座席指定、でも問題ないですが、ただオトトキの場合、どれぐらいの混み具合になるのかがちょっと予測不能なところがつらいですね。当日ふら〜と行っても大丈夫な程度なのか、予約しないと難しいのか。鑑賞日の2日〜3日前に順次予約開始となる映画館なら、土曜日の予約状況をまずは様子見してみてもいいかもしれません。ただ最初から絶対行きたい日や回が決まっているのであれば、予約しておいたほうが何かと便利ではあります。当日座席指定を受けるのに長蛇の列なんてことになったら焦っちゃいますしね。
あとは前売りを買うもよし、各映画館が設定しているサービス料金を利用するもよし。レディースデイはもちろん、映画館によっては独自のサービス料金があるところもありますので、公式サイトのチェックを怠るべからずです。

 

★ムビチケ買うべき?
「ムビチケ」についてはムビチケサイトでご確認いただくのがいちばんですが、簡単に言えば「前売り券」でありかつ「事前座席指定ができるのがウリ」ということになろうかと思います。通常の前売り券は、当日劇場窓口で座席指定を受けるときに出しますよね。事前にネット予約してしまうと、そこでオンライン決済されてしまうので、前売り券は水の泡ですし、当日差額が戻ってくるわけでもありません。前売りを買うのも事前予約するのも熱心なファンなのに、その前売りを事前の予約で活かせない、このジレンマ!という時にお役立ちなのがムビチケです。IMAXや4DXのときは差額が発生したり事前予約で使えなかったりいろいろありますが、オトトキについてはその方面の心配は無用ですし、カード型なのでちょっとコレクションしたくなるところもファン心をくすぐる感じでしょうか(カードは手元に残せます)。対応劇場かそうでないかは必ず公式サイトで確認してくださいネ。

 

★東京国際映画祭で一足早く映画を見ることは可能?
昨日「オトトキ」が東京国際映画祭(TIFF)の特別招待作品として上映されることが発表され、レッドカーペットイベントにメンバーと監督が登場とのアナウンスがありました。レッカペについては後述するとして、このTIFFでの上映後に舞台挨拶予定ということですから、ぜひ行ってみたいという方も多いかもしれません。オトトキに限らず、TIFFのチケットは基本的に「ヨーイ、ドン」の先着です。ただ今回は昨年のサーバートラブル(なかなかに阿鼻叫喚でした)を受けてか、チケットの発売日と時間を分けています。ちなみに特別招待作品は10月15日16時から発売開始です。その前にスケジュールの発表がありますのでそれを確認のうえ、公式サイトのチケット販売ページを熟読して、予約に挑戦する方はがんばってください!私もいちどチケット取りに参加したことがありますがなかなか大変でした。本当に今年のサーバーの奮闘を祈りたいです。

 

★レッカペイベントに参加するには?
するには?と言ったところで私もレッカペイベント参加したことがないので何をかいわんやですが、これも詳細が公式サイトから発表されると思いますので、それを熟読のうえ参加を検討なさってください。過去の例からいくと、整理券を配布してその整理券の番号順に入場という感じのようです。ちなみに去年の一般観覧の案内はこんな感じでした(割と直前のアナウンスなので、見逃さぬよう)。去年はyoutubeとかで生中継もあったみたいなので、今年も期待したいところです。

 

とりあえず現状こんなところでしょうか!まあものすごく当たり前関係のことからわたしの推測入りまくり事項まで雑多に並んでいるので、繰り返しますが
・絶対に
・自分で
・公式サイトを
・確認してネ!!(特に映画のスケジュールは!)

でもって、できればたくさんのひとが見に行ってくれて、そいでもっていま公開予定のない都道府県でもずんずん公開が決まりますようにと祈っております。そうこうしているうちにもうツアーも始まりますね。FCパーティとかイベントとか言われて最初おののきましたが吉井があっさり「普通にツアーだよ」言うてくれてたすかりました。地元香川に参加予定だよ!黄色い服も買ったよ…すごく…黄色いです。ではまたライヴレポなどでお目にかかれたらうれしいです!しーゆーすーん!
 

21:32 | comments(8) | -

THE YELLOW MONKEY IS HERE.

おまっとさんでした!恒例のやついきます!

 

ふ、ふ、フラゲ日ですよってにーーーー!!!

 

恒例っつって4年ぶりじゃねえか。え?あら?そんなに?時間の経つのは早いものですね。というわけで本日5月19日、THE YELLOW MONKEY新録ベスト盤フラゲ日でございます!ラジオでちらっと聞いた曲もありますが、それもふくめて今から聞きながらただただ思ったことを垂れ流すゲームスタート!

 

1 悲しきASIAN BOY
イエー!がない!なんかもはやライヴのテンションに慣れすぎてイントロ間が抜けて聴こえる!吉井のイエッサがかなり寄せ芸炸裂しててすごい。コーラス違うと雰囲気変わるな〜。いやほんとなんか全体的に不思議な感じよ。なんともいえないふわっと感。あっオーライ!は言ってる。貴様と俺とは同期の桜は言ってない?原曲はフェイドアウトなのでアウトロは完全にライヴバージョンですね!これ、ファン投票でギリ16位にすべりこんだわけだけど、ヒーセが当時ラジオで「これが入らなくてどうするんだよぉ〜〜」と仰ってたの思い出します。私もこの曲に、一票入れました!イェア!

 

2 パール
おっとなんだか最初のギターの音に違和感。あとあれだね?原曲よりも遅くなってるね?すげえ丁寧なパールだなあ〜〜。いやこれはなんだろう、原曲の勢いと必死さがパールの肝だったのかなってぐらい違う曲みたいよ。原曲のあのちょっとやけっぱちの色っぽさみたいなものが薄いかな〜という印象。楽曲の美しさはいわずもがなだけども。

 

3 太陽が燃えている
おっとホーンが入ってるやないか。ホーンアレンジが入ってよりパッと華やかな曲になった印象。これはなんか吉井も歌が手の内に入ってる安定感があるなあ。あとこれほんとベースラインが絶妙ですわね。ストリングスも入ってるし、アレンジとしてはいちばん凝っているのでは?ちょっとビッグバンドぽい味があってよいです。

 

4 プライマル。
これ不思議なんだけど吉井やっぱりその時の歌い方にけっこう寄せてる感じするよね?とはいえ違うのは違うんだけど、あえて変えよう!みたいな感じはまったくない。すげー素直に歌ってるよなあ。おっとなんだこのピポパポ音。ひー途中のヒーセのベースに腰が砕けそう。この曲はほんとに当時と今とではもう一つ一つの意味が違って聴こえる。もはや希望の曲。

 

5 WELCOME TO MY DOGHOUSE
重低音さんいらっしゃい!ってぐらいリズム隊の仕事師っぷりがすばらしい。テンション振り切った犬小屋しかライヴでは聞かないのでなんか冷静なスタートでおもしろい、おもしろいとか言っちゃだめですか。すいません。はぁ〜しかしエマのぎたーのざ・おなご殺しぶりよ。そこに畳みかけるベース!遠吠え!あっアカン興奮してきた、と思ったら吉井もここから俄然温度あげってってるやないか!わかりやすい!おまえ、わかりやすい!いやほんとマジ犬小屋は偉大よ…!

 

6 追憶のマーメイド
まーーーーってましたーーーー!!!ストリングス入ってはるーーー!!!歌謡曲感すごーーーい!!!これもひねらず素直に歌ってるな〜。マジで歌謡曲方向に振りきっていい味出してる感じある。っていうか、あんなにメンバーに(ってか、吉井に?)冷たくされても(演奏されなくても)ずーっと好きな曲として投票してくれたひとのおかげでこうして今新録で聴けるんやで…アカン涙出てきたわ…もーーーぜったい東京ドームでやってくれーーー!!!

 

7 BURN
いやもうアニーのドラムに全部だよね。これよ。これなのよ。割といろんなひとがカバーでやってくれたり吉井もソロでやってたりしたけどドラムのこの、これ、これです。はあ。吉井のシャーマンみはちょっと薄れてるかな〜。鍵盤の音色が違うのでブリッジのところ結構印象ちがうな〜。あっと最後のギターの音まで入ってるううう!うれしい!!

 

8 SPARK
違和感仕事してーーーー!!!!なにこの「この15年毎日演奏してましたが何か」感。吉井のボーカルは当時ほどひねってない感じあるけどバンド演奏の厚みと安定感ハンパない。エマのギターのキレの変わらなさもすごいしいやもう全般的にすごい。Dメロのアレンジ変えてきて、かつこのしっくり具合。お見事!

 

9 楽園
吉井の!寄せ芸炸裂!これ意識してやってるんだろうけど(じゃなかったらコワイよ)こういう歌い方を楽曲が呼んでるんだろうか?楽園の間奏、ほんとこのベースとギターのマリアージュ…最高ですね。しかしヒーセのベースなんなんですかね。なんなん?ほんと、解散した後に誰かが言っていた、THE YELLOW MONKEYの音ってヒーセのベースだったんだなって言葉を思い出さずにいられない。

 

10 真珠色の革命時代
原曲の収録年が古いというのもあるけど、おそらくいちばん吉井の歌が変わってる曲ではないか。イントロから入るストリングスの旋律がそれだけで涙を誘う。吉井が当時思い描いていた楽曲の完成形をようやく音源として残すことができたのかもしれないな…ほんとうに美しい。メンバーの演奏もなにもかもがこれしかないというような美しさ。よかったね。これを残せてよかったね、また集まって、そしてこうして残せてよかったね…

 

恥ずかしながら号泣ししたため一時離席(チーン)(鼻をかむ音)

 

11 SO YOUNG
真珠色のカットアウトからこのイントロへのつなぎがすばらしい!もともとのベストを買ったときはさほど意識してなかったけど、こんなに投票数多かったのか…。はっいかんなんか遠い目して聴き入っちゃったよ。しかしなんつー歌詞書くんだよ!ひえーーだめだーーーまだ走馬燈が、走馬燈が仕事しすぎるううううう

 

12 天国旅行
これまたそーやんからほぼノータイムでイントロ。ってまて!スリー、フォー!のカウントむちゃんこハッキリ言ってる!いやしかしこれ…私以前「吉井和哉はこの天国旅行って曲をものしたという一点で歴史に名を残していい」とかほざいてましたけど、その楽曲のスケールにメンバーが合ってきたというか、それぞれの経験値が積み増されて凄いことになってるっていうか、ええええ!なんだこれ!!!完成度高過ぎない!?アニーの1,2,3,4のカウントもはっきり入ってるね…ありがたみ…まずいエマのギターの凄みに泣けてきた。どうすんだこれ最後までもつのかこんなんで

 

13 SUCK OF LIFE
あっはっは!今泣いたカラスがなんとやら!いやこれも真珠色と同じで原曲の収録年代が古いので当然いろいろ変わってきてるししかもTHE YELLOW MONKEYライヴ四天王のSUCKですから、吉井もどうすりゃいいのさこのテンション、みたいなのが面白すぐる。しかし歌ってる間に帳尻合ってくんのないつものことながら。あとでっかいイチモツベイベーってむしろはっきり歌いすぎだし最後完全にライヴのテンションやないか!お前のわかりやすさなんなんや!

 

14 花吹雪
多分今回収録されている曲の中で一番鍵盤の印象が強い曲なので、わりと別のカラーになった感じで新鮮!けっこう音のアレンジを変えてきてるような。吉井はこういう曲はもう自家薬籠中のものというか、安定の色気と切なさがあって満点です。いい歌詞書くな〜しかし!あとわし花吹雪のベースが大好きなんじゃ…ほとんど旋律やないかってぐらいの歌うベース…最高かよ…

 

15 JAM
これはもう手の内に入っているというか、さすがですね。15年後にまたもう一度これを録音したとしても、同じようなクオリティで録れるのではないかと思わせる。バンドにいろんな運命を連れてきて、バンドのいろんな運命に立ち会った曲だけど、その思いがきちんと楽曲に乗っているのを感じる。私にとっても結局のところ、これが運命の曲であり続けたんだよなあと思うと泣けてきます(またか)。しかしほんと、あの最後、一気に曲の温度をあげていく吉井の膂力の凄さ!アウトロにリフレインがつかない原曲のバージョンなのもうれしい。

 

16 バラ色の日々
ラスト!つまりファン投票で1位だった曲です。いやこれさすがにこなれてるね。違和感仕事してーーーー!!!(第2弾)あっでもエマのギターけっこう違うな。そしてかっこいいな。つーか…エマさんキレッキレやないか!しかし、このバラ色がこうして投票で1位になって、また新録のベストのトリを飾るっていうのもなんだか感慨深い。

 

あー終わっちゃった!

 

いやーーきゃいきゃい言いながら楽しみました。ところどころでも書いてるけど、元の曲から「離れよう、離れよう」みたいなところがまったくないのがすごい。基本的にその楽曲を、「今、そのままやってみる」ってことに心を砕いたという感じ。もちろん、よりアレンジされているものもあるんだけど、離れてるか寄せてるかでいったら寄せてる。それは、あえて離れようとしなくても、この歳月の間に積み重なったものがどうやったって出てくるでしょうっていう自信というか、そういうところを見てほしいという気持ちなのかもしれないな、なんて思いました。吉井のさー、歌うときにちょっと声が裏返ったり、アクセントがついちゃうとことか、まったく同じアクセントでやっぱり歌ってたりして、意識してるのか、自然に出るのか、このバンドの音だから自然に出るのか、なんか不思議な感じでした。あと聴くときはぜひヘッドフォン(イヤフォン)使うの推奨!リズム隊の音がより楽しめますわよ…フフフ…

 

つーことで映画は11月公開という告知もなされ、じゃあ、次は、オリジナルアルバム…?だろうがーー!!だろうがよーーー!!(このネタわかる人ここ読んでないとおも)もう、すごおおおく期待しています。ほんと、自分でも不思議だけど、自分の知らないTHE YELLOW MONKEYにめっちゃ飢えてます、わたし。解散している間は、このバンドのことを思うとき、たとえ懐古趣味の再結成でもいいからもう一度会わせてくれなんて考えてたこともあったけど、今や、私の見たことのない、聴いたことのないバンドの音を聞かせてくれーーーなんて思っちゃってるわけだから、ファンというのは度し難いですね。でもどれだけ度し難くても期待しているし、ファンにできることなんて期待してるよ、楽しみにしてるよってその気持ちを大事にしておくことだけなんじゃないかって思います。
期待してるよ!
楽しみにしてるよ!!!!
 

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あんなことこんなこと2016

あけましておめでとうございます。文字通り怒涛の2016年を終え、2017年新春を寿いでいらっしゃいますでしょうか。今頃メカラのレポ(もどき)をあげてお前はなにをやっておるのかという感じですが、完全にぐうたらな正月を過ごしておりました。そのいっこ前のエントリを書くのに集中力を使い果たした反動かもしれません。ほんとかよ。ま、それはさておき!1年前の今日、すべての火蓋が切って落とされたわけですね。私は何でも書いて残しておく派ゆえ、サイトの日記に1月8日の0時を待つ心境をリアルタイムで書いていたりしたので「そうそう、そうだったわ〜」などと振り返って1年の早さを実感しております。ということで折角(何が)ですから2016年のモーメントを総まくりたい。できるだけ長くならないよう簡潔にいきたい(無理だろ)(いやがんばる)。

 

1月
4日、REPUSMYT.COMというサイトがアレではないかという一報がRTで回ってくる。ヤバい。この思わせぶりさ加減!くさい!え!まじか!どうしたらええんや!パニックになる。自分が過去に書いたblogのテキストを読んで泣くという変態の所業に出る。他の誰が何をどう言おうと、ワシの姿勢はこれやけん、という気持ちでサイトの日記を最速で書き上げる。8日を座して待つ。うそ。蓋が開いた瞬間の私のツイート「賽は投げられたぞ!」その足でホテルの予約と予算案を組み上げる。スタッフを選ぶとかいう名目で行われた検定に参加。相当できた。やったねパパ!明日はホームランだ!さすがに好きなバンドを味なくなるまでしがむタイプのヲタである(自負)。

 

2月
新曲がラジオで解禁。平日!仕事!聴けない!FC最速先行の抽選発表。どの程度の確率でくるものなのか全く読めず、しばらく「当落」という単語を口に出せない病気にかかる。結果、4勝3敗。まだ慌てるような時間じゃない(by仙道くん)。SUPER指定席にかすりもしないが、とりあえず行けるかどうかが重要というスタンスは自分の中で解散前と全く変わっていないので「取れればええんや!」という浪花商人精神を大いに発揮する。職場の異動が本決まりになる。ガッデム。金がない。猿にかける金はあるが引っ越しにかける金がない。

 

3月
11日を過ぎたあたりから1日の進行が猛烈に遅く感じる病気にかかる。あと2か月、あと1か月と29日、あと1か月と28日…そりゃ遅く感じるわ!お薬多めに出しといて!ALRIGHTのPV公開。よしい…その、まえがみ…と数多の吉井ファンが一瞬沈黙するも「そうだったこの人めっちゃ髪の毛伸びるの早いんや無問題無問題」と気を取り直す。

 

4月
職場異動。通勤時間が6倍ぐらいになる(それまでが近すぎたとも言う)。さっそく心折れる。ツアー初日の1曲目が中継されることとなり、1曲目予想が公式サイトで開始。ツアースケジュールで開いていた8月に横アリ公演が「SPECIAL」と銘打ってぶっこまれることが発表される。横アリに異常な執着を燃やす我の本気と書いてポンゲが火を噴く。GW開けたらたぶん映画に行く暇もないだろうとシビルウォーを1日で3回キメる。眼精疲労がひどい。ばかなのか私は。お薬待ってます。

 

5月
絶対に体調を崩せないという強迫観念に苛まれるあまり体調を崩しそうになる、東海道新幹線が止まってしまった場合の移動方法などを考えて夜は眠れるけど朝起きれなくなる、職場の部下のマスク姿に異常に怯える、などの病気の諸症状がついに臨界点に達して迎えた5月11日。もうお薬も効かない。新大阪から品川までの距離が無限に感じられる。緊張が行き過ぎて痛覚がない人間のようにふわっふわの心持のまま代々木第一体育館に向かう。果たして、幕の向こうに4人はおり、まさに怒涛の日々の幕が切って落とされたのであった。幕の向こうの4人がまんま4人であり、「変わっちゃったわね」という台詞を差し挟む隙のなさに驚嘆する。代々木に続いて長野1日目にも参戦。シャトルバス乗り場を探している間にひとり遠征のお嬢さんに声をかけられる。THE YELLOW MONKEY見たさに初めてのひとり遠征だと言っていた。パンチ以来の長野ビッグハット。おセンチの花咲き乱れる。

 

6月
お友達と広島遠征。めっちゃくちゃ美味いあなごのひつむしを食べる。2016年ベスト食に食い込んでくるうまさ忘れがたし。アリーナの後方で見たが、距離に関係なくブチ上がれる自分を改めて再発見する。吉井ががっつりメイクをしてきたり、アニーが「今日が最高」と叫んだりツアーの成長を肌で感じる。帰りの新幹線の中で突然「THE YELLOW MONKEYが帰ってきた」という実感に襲われ泣き伏す。完全に情緒不安定な人のそれである。名古屋2日目への参戦を目論むも、会議日程に潰される。しかもその会議が踊ったあげく自分にほぼ関係ないという結果にこんな世の中に誰がしたと演歌の心持に。

 

7月
文字通り怒涛。大阪2days、さいたま2days、福岡2days、神戸2days、すべてに参加。大阪では吉井がMCで「解散という重い十字架」などと口走ったため思いもかけず動揺する。さいたまはこの長い不在の時間を一緒にこらえてきた友人たちとああでもないこうでもないとバンドの話を飽くことなくできて、それが何よりの幸福であった。二度と戻らない美しい日は戻ってくる。こともある。福岡では吉井が犬小屋で出だしを間違える、所謂「犬小屋事件」が勃発するが、この事件の肝は間違えたということではなく、間奏でその出だしのAメロを強引にぶっこんできた、奴の「転んでもただでは起きない」精神にこそある。かっこよかったよ!あと福岡民マジで盛り上げ上手!神戸ではツアー通常メニューは札幌を残すのみとなった寂しさからか「終わっちゃう」「終わっちゃう」と何度も吉井が口走り、完全に終わっちゃう妖怪と化していた。

 

8月
YOKOHAMA SPECIAL。そうまで言われてチケット取らない理由は私にはない。いや、そんな冠なくてもこの私が横アリをはずすわけない!と鼻息が荒くなる病気にかかる。発表になった時点で新横のホテルを押えており、新横はおれにまかせろ!と地元民でもないのに張り切る病気にかかる。SPECIALとかいって期待しすぎちゃいけないよねと心の予防線も張りつつ、いきなりのRAINBOW MANでTHE YELLOW MONKEYおまえはほんとにうれしい男だよと涙を流す。終演後2日連続でホールツアーと映画の告知。どんだけ働くんや!そして16年ぶりのひたちなかRIJF。期待に十二分に応えるステージで江戸の仇を、いやちがったひたちなかの仇をひたちなかで討つ。大阪サマソニの暑さでしぬ。あれはしぬ。ほんとうにしぬ。

 

9月
オーラス札幌!小樽で「時価」のうに丼に果敢にトライ、ライヴ打ち上げでは今まで食べていたジンギスカンとは…と真顔になってしまうぐらい美味いジンギスカンでいいだけ打ちあがる。食の王国札幌すばらかしき。いつもそうだが、吉井というかこのバンドはオーラスよりもひとつ手前ぐらいがいちばんセンチメンタルで、オーラスはもう前を向いていることが多いなと改めて実感する。アンコールのパールの前に、吉井の掛け声に3人が応じた瞬間はこの1年の中でもかなりのベストモーメントであった。4か月間の怒涛の日々が終わったと一息つく間もなく、12月28日武道館メカラウロコ27が発表される。もういくさはいやでござりまする…とかなんとか時代劇に出てくるおなごのようなことを言うわけもなく、竹やりで戦場に駆けていくタイプのヲタ、それが私。

 

10月
新曲「砂の塔」発売に向けてラジオ・テレビ・雑誌のラッシュ。すごい。ここまで15年間雨水だけで暮らしてきたヲタの頭の上から放水車でミネラルウォーター注ぎ込むようなこの所業。情報の大洪水や〜!(普通のことを彦摩呂ふうに言う病気)折しもradikoに「タイムフリー」という機能が装備され、エリアフリーもかけ合わせればほぼすべてのラジオを聴くことができるという、ヲタを躍らせる時代の到来を実感する。中でも古いお付き合いである相越さんとのやりとりは絶品であった。エマの「ねえ聞いてる!?」のトーン好きすぎた。テレビでは[Alexandros]と共演したミュージックフェアがかなり印象深い。シングル、初回盤にはアリーナツアー12か所の音源がついてきたり、FC限定盤には熊本でのフリーライヴのDVDがついてきたり、盤を買わせる努力惜しみなき。そしてメカラ当落発表。お友達からのLINEを見て職場の廊下で泣き崩れる(本当にありがとう!)

 

11月
メディアラッシュが一段落したと思う間もなくホールツアー開始。この時点でチケットが取れているのは長崎のみであり、初日から1か月以上先という事態に打ち震える。最初2〜3本行きたいな!とか思っていた自分を殴るしかない。殴るしかないと言いながらまだ大分ワンチャンあるんじゃねと大分行の旅程を組む私。この見通しの甘さ、殴るしかない。ツアータイトルからして、そしてラジオでのメンバーの発言からして「レアでマニアック」なセトリになることが予想され、とりあえずネタバレ防衛ラインを組む。防衛ラインが強固すぎてこの月、真田丸と逃げ恥の話しかほぼ、していない。そしてとうとう!念願の!紅白出場決定!夢はときにおそろしいほど叶う!おそろしい!

 

12月
長崎は今日も雨だった!うそ!パンチ以来の、思い出の長崎。すばらしい。ベストモーメントしかない。ホールツアーはグッズのデザインが珍しく良くて販売開始前2時間ぐらい並ぶが、それでも枡は買えず。おそらく人生初、売り切れている枡と先行販売で買ったTシャツとパンフ以外は買うという、ここからここまで全部頂くわ状態。私「これとこれとこれ…」物販のお姉さん「以上ですか」「まだあります、これとこれ」「以上で…」「まだあります」大人!こわいね!思い出のFOXYをまた長崎で聴けたことに感極まり、思わぬ所にぶっこまれたパンチドランカーにのけぞる。ネタバレ見ずにこれて本当によかったと思った。よくがんばりました。そして翌日大分公演のチケットもないのに大分に向かい、しかもそこそこ楽しんでしまうという自分たちのヲタヲタしいおめでたさを実感する。世界にTHE YELLOW MONKEYがいればそれが楽しいと言わんばかりである。そして年の瀬12月28日、運命のメカラ、運命の武道館。電子チケットであったため、スマホを失くす、落とす、落としたスマホを誰かが蹴って踏む、そのスマホが線路に落ちて電車に轢かれる、などの妄想が止まらない病気にかかる。いったい1年でどれだけの病気になっとるんや!無事会場に入ったあとの襲い掛かるおセンチメンタリズムは異常であった。大晦日は念願の紅白、しかもNHKホール、しかもJAM。完全に落ち着きを見失う(私が)。でもたぶん中原さんが見守ってくれていた。中原さんありがとう。本当におそろしいほど、夢は叶う。

 


再結成(再集結)が発表になって、私は自分がこのバンドのファンであることを全く隠していないので、いろんな人に心境を聞かれるました。でも毎度判で捺したように「よくわかんないんですよ」と答えていた。いや実際よくわかんなかった!考えすぎるとこわくなるので考えすぎないようにもしていた。人間緊張が行き過ぎるとよくわかんなくなるということを学びました。5月11日の当日、青山のホテルでお友達と待ち合わせ、会場に向かい、代々木第一体育館の中に入っても、まだよくわかりませんでした。カウントダウンが0になり、暗転し、バラ色のリミックスが流れてもまだよくわかりませんでした。本当のところ、1年経った今でもよくわかってないのかもしれません。そう、これは夢だよ、1年間いい夢みたね、とぱんと泡がはじけても、そうだよな、そんな都合のいいことあるわけない、と思ってしまうかもしれません。でも現実でした。夢だけど!夢じゃなかったー!

 

嵐のような怒涛の2016年、まさかこんな1年になろうとは。全力投球で駆け抜けた、おもしろおかしく過ごせた1年でした。それを一緒に過ごしてくれた友人各位、どうもありがとう。特にちなみさんには超絶お世話になりました。これからもおもしろおかしく過ごしたい。そんな場合じゃない時も、おもしろとおかしさを積極的にひろってすごしたい。それを世界一かっこいいバンドといっしょに過ごす生活のなかで見つけたい。それがわたしのたったひとつの冴えたやり方、かもしれません。楽しかった2016年、あんなことこんなことあったでしょ、いーーつにーーなーーってもーーー わーーすれーーーないーーー。

 

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もうひとつのメカラウロコBOX

私の家には、メカラウロコのDVDBOXがふたつある。

 

私はインターネットによるコミュニケーションが爆発的に拡散するのと時を同じくしてTHE YELLOW MONKEYにはまっていった。96年から97年にかけてのことだ。バンドを深く追いかけるのにともなって、たくさんの「ネット上の知り合い」ができた。1年間113本という破格のツアーが始まると同時にその交流は加速していった。その日のライヴに参加した面々が集まり、朝まで飽くことなく喋り倒すことなどざらだった。そうして知り合った友人の中には、今はもうどこで何をしているのかわからない人もいれば、今でも親しく付き合いを続けている人もいる。

 

彼女とはネットでの知り合いの知り合いを介して初めて出会った。その頃の主なコミュニケーションツールは有名なファンサイトのBBSやチャットでのやりとりだった。私はそういったオンライン上で彼女と親しく「レスを交わした」記憶はない。彼女はチャットルーム上の常連の友人で、私もまたそのチャットの常連だった。あるとき、私がごく初期から親しくしていたネット上の知り合いの自宅に招かれることになり、そこに彼女もくるという。池袋で待ち合わせてから、ふたりで一緒に来て。そういわれて、私は緊張した。ハンドルネームはもちろん知っていたが、あまり言葉を交わしたことのない相手とハジメマシテの挨拶を交わし、ふたりでそこそこの距離を一緒に移動する。人見知りの自分にはなかなか高いハードルに思えた。当日、私はあろうことかその待ち合わせに遅刻した。当時はまだ携帯を持っておらず、相手に連絡も取れない。待ち合わせの場所で最初に私はまったく違う人に声をかけた。これ以上ないほど怪訝な顔をされて「違います。」と冷たく言われた。次に声をかけたのは彼女だった。あたりだった。さっき間違えて、全然違う人に声をかけちゃった。そう言うと、彼女はこれ以上ないほど面白いことを聞いたという顔をして笑った。

 

THE YELLOW MONKEYが盛んに活動していた当時は、しかしそれほど彼女と親密になったわけではなかった。彼女はエマのファンで、今に至るまで、私が思う「エマファン」のイメージは彼女と、当時の友人の何人かに象徴されていると言っていい。彼女らはおそらく、ライヴ中に吉井を見ている時間など10分の1もなかったのじゃないかと思う。私の周りにはなぜかエマのファンが多かった。時折冗談で、私はエマファンに育てられた吉井ファンなんだよ、なんて言ってみたこともある。彼女らに共通していたのは、エマへの感情にひねくれたところが一切ないところだった。あのエマの輝きを、彼女らはほんとうに一心に愛して、あがめていた。そういうところが私はとても好きだった。

 

スプリングツアーの最終日の横浜アリーナのあと、そのころ大阪に住んでいた私は紆余曲折あって彼女の家に泊めてもらうことになった。朝までいろんな話をした。THE YELLOW MONKEYの話はもちろん、ちょうど持っていた第三舞台のDVDを見たりして、そのかっこよさに彼女が興奮して、わたしもうれしくて、舞台の話もたくさんした。明け方に寝て、彼女はそのまま仕事に行き、私は翌日の友人の結婚式に参列するため美容院に行って、また彼女の家に泊めてもらった。キルフェボンのケーキを買って帰って、深夜に仕事から帰ってきた彼女と二人で食べた。

 

私は芝居を見るためにしょっちゅう東京に行っていたので、そのたびに彼女の家に上がり込み、勝手に布団を敷いて勝手に寝ていた。いつでも部屋にあがっていいよ、カギはここにあるからね、と言ってもらえていた。彼女はいつも夜遅くまで働いていた。深夜に帰ってきた彼女とまたいろんな話をした。THE YELLOW MONKEYが休止しても、THE YELLOW MONKEYが解散しても、彼女との付き合いは変わらなかった。あのメカラウロコ15、解散のときの東京ドーム、1度きりのJAM。ふたりで聴いた。私も彼女もごうごうと音がするほど泣き崩れ、しばらくは立ち上がれなかった。帰り際、ちょうど発売になっていたTHE YELLOW MONKEYのLIVE DVD BOXとCLIPSのBOX。迷っている私に彼女が言った。迷ってるなら、買ったほうがいいよ。あの時、背中を押してもらわなかったら、買い逃していたかもしれない。

 

ふたりで、いろんなところに行った。明智光秀の墓参りもした。近江屋洋菓子店にも行った。東大の構内を歩いていて、私がけつまずいて転んだ。指輪物語の映画に私がはまり、ふたりでニュージーランドにロケ地めぐりの旅にも行った。レンタカーを借りて、南島も北島も何百キロもドライヴした。私は免許を持ってないので、運転するのは彼女だけだ。いろんなものを一緒に食べ、笑い、いろんな話をした。ほんとうにいろんな話を。

 

いつ泊まりに行っても彼女は忙しそうで、帰宅はきまって午前様だった。いそがしそうで、だいじょうぶかなあと思うことも何度もあったが、私はあまり深く話を聞かなかった。彼女が自分から話してくれる話は聞いたが、それだけだった。だんだんと、ゆっくり、彼女は心と体のバランスを崩し始めていたのだと思う。08年12月の吉井武道館、その年、初めて大阪城ホールで、年末の「YOSHII JO-HALL」が開催され、吉井はポニョのフジモトのコスプレをし、天国旅行をやった。サポートのギターはエマだった。私は彼女にエマの弾く天国旅行を見て欲しかった。チケットは2枚取って、彼女に1枚渡していた。開演前に、すこし遅れる、と連絡があった。私は武道館の中に先に入り、彼女を待った。ライヴが始まったが、彼女は来なかった。天国旅行までには間に合ってほしい、そう思ったが、とうとうその日、彼女は最後まで武道館に現れなかった。ごめんね、おなかがいたくなってしまって、どうしてもいけなかった、と彼女からのメールがきたのは終演後、しばらくたってからだった。

 

いつでも自分の人生を自分で切り開いていて、その自負もあった彼女は、いろんなことが自分で思うように動けないことに苦しんでいたようだった。彼女がスピッツを熱心に聞くようになったのもその頃で、大阪に一緒にライヴを見に行くことになった。チケットを用意し、荷造りして、新幹線に乗り、ライヴを見る。今まではいともたやすくできていた「ライヴ遠征」ということすら、彼女には途轍もなくハードルの高い作業の連続になってしまっていた。ライヴを見たい、というただその一念で成し遂げることができたが、彼女は私に迷惑をかけた、ととても気にしているようだった。09年8月に仙台で開かれた野外でのロックロックにも参加したが、その時も、彼女は私に終始気を遣っていたのじゃないかと思う。

 

迷惑をかけられたのか?そうかもしれない。でも私が感じていたのはまったく別のことだった。私は、自分が、楽しいことやうれしいことを、一緒にたのしんだり、プレゼンしてみたり、これでもかと相手をもてなすことには長けていても、ほんとうにその人の人生がきついときに、その苦しみや悲しみにふかく寄り添うことができない、そのことにほとほと嫌気がさしていた。それは今に至るまでまったく変わっていない、私の人間としての欠陥だった。楽しい思い出作りには参加できる、でも穴の底にいる人に、一緒に穴におりてそこから抜け出す手立てを考えることが、私にはできない。どうしていいかわからない。どうしてほしいかもわからない。そういう自分がいやだった。

 

遠征から家に帰って、ベッドに横になっていると、彼女から電話があった。ごめんね、迷惑かけて、でも楽しかった…そして、また元気になったら、わたしが元気になったら、いつかわからないけど、そしたらまた、会ってくれる?いつでも会うよ、わたしは言った。言いながら、自分の右目から流れた涙が左目に流れ込んでいるのがわかった。いつでも会うよ、またライヴに行こうよ、THE YELLOW MONKEYがもし帰ってきたら、いつかまた…。そうだね、彼女は言った。そうなるといいね。けれどそれは果たされない約束のように、その時は思えた。

 

09年はTHE YELLOW MONKEYの20周年記念の年で、12月に待望のメカラウロコのDVDBOXが発売された。私は常日頃から、BOXが出るなら、いくら金を積んでもいい、と冗談半分で公言していたので、自分がそれを買うのに迷うことはなかった。ネットで注文するとき、ふと彼女のことを考えた。彼女は、これを買うだろうか?買うかもしれない。でも、そんな心境じゃないかもしれない。実家に帰ったことは知っていた。住所を聞いて、買って送ろうかとも思ったが、何の意味もなくBOXを送られても、戸惑うし困るだけだろう。散々迷った挙句、私はそのBOXをふたつ買った。次に会う機会があったら、「代わりに買っておいたよ」、そう言って、これを渡そうと思った。そう思って、7年が経った。

 

2016年、申年にTHE YELLOW MONKEYが帰ってきた。かつてネットを通じて知り合った人たちが何人も、ふたたび彼らのライヴに足を運んでいたと思う。アリーナツアー初日の代々木の前に、彼女からメールがきた。よかった、生きてる、と私はまずそう思った。いろんなところに遠征するから、会えそうなら、どこかで会おうよ、と返信したが、結局そのあと、連絡はこなかった。秋になり、年末のメカラウロコが発表され、再び彼女からメールがきた。メカラに行きたいと思ってるが、いろいろ大変で、行けるかどうかわからない。でももし私が行くなら会いたい。行くよ、当たるかどうかわからないけど行く。そして私にとって忘れがたい、ある話をメールに書いた。

 

2006年2月、吉井和哉はソロで初めて武道館に立った。エマもサポートで参加していた。2daysの1日目に、アニーとヒーセは客席にいて、それを目撃した人がたくさんいた。私はその話に少なからず動揺した。かつて、4人で立った武道館に、今はそのうちの2人だけがいる。そのことを、アニーとヒーセはどう思ったのだろうか、と私は考えなくてもいいことを考えてしまい、それを一緒に武道館に行った彼女に話した。彼女は、うーんと少し考え、こう言った。「一緒にいることが、支える事じゃないんじゃない?今は、たまたまエマはそばにいるけれども、でも、離れているから支えていないってことにはならないんじゃない?そばにいたって、何もできない時ってあるじゃん。離れる優しさだってあるじゃん。今はただそういう時だってだけかもしれないじゃん。」

 

私は、解散後の4人を思うとき、いつも彼女のこの言葉を心の大事なところにおいていた。離れるやさしさだってある。離れているから支えていないってことにはならない。本当にそうだと思う。そして、本当にそうだったということを、何よりも2016年のTHE YELLOW MONKEYが証明したと思う。

 

武道館においでよ。あなたに渡すものがあるから。あんなに愛したバンドの、いちばんかっこいいところがぎゅうぎゅうにつまった宝石のようなBOXを、あなたに渡すから。

 

昨日、彼女は武道館にやってきた。念のため、なにか万が一のことがあっても大丈夫なように、と前日から東京に来ていたという。私が泊まっているホテルで、彼女と会った。久しぶり、そういってハグして、私も彼女もちょっと泣いた。メカラウロコDVDBOXは無事、7年越しで持つべきひとの手に渡った。話したいことがたくさんあると彼女は言い、そしてその通りいろんなことを喋った。彼女は変わったが、変わっていなかった。私も変わったが、変わっていなかったと思う。一緒にメカラを見る友人と3人で喋りながら、彼女は友人に自分のことを説明しようと、あのね、わたしはそんなにTHE YELLOW MONKEYのコアなファンってわけじゃないんですよ、ただエマのファンってだけで…。聞いた瞬間、私と友人は文字通り爆笑した。コアなファンじゃない、エマのファンなだけ。エマのファンからしかとうてい出てこない台詞だ。すばらしい。そうでなくちゃ。

 

大槻ケンヂさんの言葉を思い出す。「結局わかったのが、ロックバンドの再結成というのは、ほんとにたくさんの、無数無限の再会をいたるところで派生させるための、音楽による、大いなるきっかけという本質があるんだなと思ったわけですね」。私が今回経験したこともまた、その無数無限の再会のうちのひとつなんだろうと思う。歳月を重ねていくということはこういうことなんだろうと思う。同じものをずっと好きでいるということは、こういうことなんだろうと思う。別れもあり、出会いもあり、悲しみもあり、喜びもある。THE YELLOW MONKEYは出会いと別れをくれて、そしてまた出会いをくれたのだ。

 

私の家にはメカラウロコのDVDBOXがふたつある。いや、あった。
もうひとつは、私と忘れがたい時間と言葉を共有してくれた友人のところに、今はある。
 

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戦い(ツアー)すんで 日が(月が)暮れて

あっという間にもう10月のいっぴ。札幌の感想を書き終わって、それぞれのレポからこぼれちゃったようなツアーのことを残しておきたいなと思っていたはずなのにこの体たらく。やっぱり、日々ツイッターなどでアウトプットしていると、どっかそれで気が済んでしまうようなところがあるのかもしれない。あと若干の燃え尽き症候群というか!いやなかなかにハードデイズナイトな日々だったもんね。終わってさびしいけど、いい終わりを迎えられたという安堵感もある。

 

私のSUPER JAPAN TOURは代々木2daysで幕を開け、長野1日目、広島2days、城ホール2days、さいたま2days、福岡2days、神戸2days、横アリ2days、札幌2daysの計17本でした。フェスはRIJFとサマソニ大阪に参加。本当は、名古屋もどっちか1日行きたいと思っていたのだけれど、仕事の都合でどうしても叶わず。フェスも入れれば4ヶ月間で19本。とりあえず、行けるところは全部行った、と思う。

 

1月8日にこのツアーが発表になったときから、その時点で発表になっていなかった横浜とフェスは除いて、最初からこの本数の参加を決めていたし、チケットはあとからついてくるとばかりにかなり早い段階でほぼすべてのホテルを押さえ、札幌行きの飛行機を押さえてました。マジで予算案を組み、マジで銀行口座を別に分け、40を過ぎた大人の本気と書いてポンゲの怖さを自分で思い知るという。

 

その時点では「このあと」があるかどうかわからないというのもあったけれど、何よりも私をポンゲにさせたのは、もう、飢えたくないという気持ちが少なからずあったからじゃないかと思う。あのバンドに関しては、解散する前も、したあとも、常にどこか私は飢えていたようなところがあった気がするし、それはそのまま私の必死さへ直結していた。それが15年もの間変わらなかったというのだから、おそろしい話だ。

 

年明けにSNSを中心に彼らの「思わせぶり」なあれこれが拡散されて、いよいよ、そうなんじゃないかという話題が広まる中には、当然ながら、みんながみんな諸手を挙げて大歓迎という雰囲気ではなかった。タイミングを嘆く者もいたし、裏事情とやらを読みたがる者もいたし、単純に再結成を敬遠する者もいた。私が何を思っていたのか、とりあえず自分のホームページの日記には殴り書いたけど、でも一番強い感情として今でも心に残ってるのは「これがきっと最後のチャンスだ」ってことだった。最後のチャンスも何も、お前が決めることじゃねーわ、って話だが、しかしそうとしか言いようがない。もうたぶん、次はない。「今じゃない、なんて言ってたら永遠に『今』なんて来ない」というのはそういう気持ちから出た言葉だった。

 

とはいえ、これだけの時間と金をぶっ込んで、出てきたものがクッソつまらないものだったら、どうする?10本以上のライヴのチケットを押さえて、夢と幻想を打ち砕かれるだけだったら、どうする?そういうことを全く考えなかったわけではなかった。初日を観たあと、そんなふうに思ったとしたらどうしよう、と考えたこともあった。もし、そうだったら、そうだったら、残りの十数本は、地獄だろうな。それでも、打ち砕かれて終わりになるのなら、それが私の執着には相応しいような気もした。

 

初日のことで、今でも覚えてるのは、私自身が猛烈に緊張していたことと、友人が猛烈に緊張していたことと、すべての曲がなつかしく、うれしいものだったことと、吉井が緊張していたことと、エマが最初からザ・エマだったことと、吉井が緊張していたことと、アニーが満面の笑みを見せていたことと、吉井が緊張していたことと、ヒーセの歌うベースの健在ぶりが泣けたことと、緊張していた吉井が、途中からべろべろと皮が剥けるように顔が変わっていったことだ。そして、本編(ASIANまで)が終わったあと、これはあと、アンコールでJAMをやって終わりかななどと考えていた自分のことだ。まさか、あそこから、あれだけやるとは!よもや、飢えに飢えて待ちに待った、愛するバンドの再結成初日のライヴで、え?まだやる?などと思おうとは誰が思ったであろうか。それほどに満漢全席だった。いらないと言われても来たからには口の中にねじ込むようにごちそうを食べさせる、そういうバンドだった、このバンドは。

 

札幌のあと、友人と、今だからこそ、代々木の初日をフル尺で見たい、何が見たいって見てないようで見てるが見たい、チェルシーでもいい、もう絶対つんのめるぐらい遅いはず!などと言ってキャッキャと笑っておりましたが、だって、初日と較べて吉井のMCも球根前のエマのソロもSUCKのアニーのソロもめっっちゃ尺取ってるのに、終演時間が変わらないって、そりゃ曲のペースが上がってるからに違いない(真顔)。

 

ひとつ意外だったことは、セットリストをそれほど入れ替えてこなかったこと。いや、横アリや福島のことを思えば、じゅうぶんに変わってると言えるかもしれないし、2日間全く同じセトリというのは(たぶん)なかったのだけど、過去のツアーでガンガン日替わりを出してきていたことを思うと、そこはやっぱり意外だった。それだけ、THE YELLOW MONKEYとしてTHE YELLOW MONKEYの曲を客前で演奏する、ということに全員がある程度のラインを引いていたのかもしれない。それだけ、彼らの中のバンドの存在が大きかったし、アリーナツアーで客を引っ張れるだけの楽曲として磨き直さないと板の上には乗せない、という意識があったのかもしれないと勝手に思う。

 

ツアーの最初の頃は、ステージの上の4人にはどこか、THE YELLOW MONKEYという衣装を着ているようなところがあった(ファンにもそういうところがあった、私も含め)。それが、自分たちが着ているものがTHE YELLOW MONKEYの衣装になるのだ、というような佇まいにいつしか変わっていっていたように思う。変な話だが、亡くなった勘三郎さんが言っていた言葉を思い出したりした。歌舞伎とは何か、歌舞伎役者がやれば、それが歌舞伎なのです。考えてみると凄い言葉だ。THE YELLOW MONKEYとは何か、彼らがステージに立てば、それがTHE YELLOW MONKEYなのです…

 

これだけの本数に参加すると、いや、たとえしなくても、こうしたツアーでは必ず、どこがよかった、あそこはどうだった、こっちはこれがでた、あっちはあれがでた…という話がつきまとうし、それはツアーの華でもあると思う。ことに、これだけSNS全盛の時代にあっては、ほぼ即時に当日のライヴのあれこれが瞬時に拡散され共有される(そして私もその片棒を大いに担いできた)。しかし、どの日がベストだったかというようなことは、結局のところ観た人の数だけ答えがあり、逆に言えば、観た人の中にだけしか答えがないものなんじゃないかと思う。観客は観客の文法でしか舞台を観ることができない、私の大好きな言葉ですが、実際のところ、その日の体調や周囲の観客や、そういったもので印象というのは簡単に塗り替えられてしまう。勿論私の中にも、今ツアーで忘れがたい1本というようなものは確かにあるが、それはやはり私の個人的な事情に左右されたものでしかないという気がする。

 

好きなものや好きなことがいつまでもあるとは限らない、だからそれがあるうちは、全力で好きにならなきゃいけない、それが喪われたときに後悔しなくてすむように…。それは確かに真実だし、私も実際にそう思い、そう言いもしてきた。いつまでもあるのが当たり前だなんて思っていちゃいけない、けれど、こうも思う。そういう飢餓感に煽られながら好きでいることが果たして良いことなんだろうか?自分が勝手に煽られるだけならともかく、それを他者や、ましてや演者側が煽る必要があるんだろうか?ひとにはそれぞれ、事情がある。観客には観客の数だけ事情があり、皆、その事情と付き合いながら好きなアーティストのライヴに足を運んでいる。どれだけ回数を重ねても、後悔する時はするし、そうでなくても、満たされる時はある。わたしの17本があなたの1本にかなわないことだってあるのだ。

 

代々木の2日目に吉井の口から飛び出した、「たぶん、いやたぶんじゃない、絶対、もうTHE YELLOW MONKEYは解散しない」という言葉。それはツアーの最終盤まで恒例となった。THE YELLOW MONKEYの吉井和哉、それがおれのフルネームでいいとも言った。でも、これはたぶん未来を約束したものじゃない。未来への意思を表明しているものなんだとおもう。絶対解散しない、という約束だったとしても、それを信じきるのは、今の私にはもう難しい。でもそういう気持ちでいてくれているのだということはわかる。その気持ちに嘘がないこともわかる。そういう気持ちで帰ってきてくれたこと、それを4人が共有していることもわかる。それをツアーを通じて何度も確認できたことは、本当に幸せだった。私の愛したバンドが、メンバーにもまた愛されていると実感できるツアーだったことは、本当に幸せだったと思う。

 

THE YELLOW MONKEYがいなかった15年もの間、結局のところ私の心の最前列を彼らが明け渡すことはなかったし、彼らのライヴを観ているときの、あの生きていることの肯定と興奮にまみれたような時間は、彼らのライヴを観ることでしか補えなかったと改めて思います。15年経っても、ノスタルジーよりも速く走る興奮を真っ先に届けてくれるバンドであったことが何よりも嬉しかったし、誇らしかったです。どうかこの先も、好きなようにやっちゃってください。私はもう飢えたくないという気持ちで走り始めたけれど、大事なことを忘れていた、このバンドは、観れば観るほど飢えさせる、もっと、もっとと思わせるバンドなのだった。願わくばずっと、思い出の箱の中にしまわれずに、このバンドに振り回される人生を過ごしたい。これからも好きでいさせ続けてほしい。楽しいツアーでした。帰ってきてくれて、ありがとう。
 

11:44 | comments(4) | -

肯定と興奮

広島のライブが終わって、新幹線に乗るために拾ったタクシーの中で友人に、「この3時間の『生きてる』感がすごすぎて、現実に帰ってこられない」と私は言ったのだった。

広島でTHE YELLOW MONKEYを見るのは初めてだった。会場自体はユニコーンを見るために一度来たことがあった。アリーナの後方の座席で、1日目はそれでも結構開けた視界で見ることができたのだが、2日目はかなり限定された視界でのライブになった。

でもそれが、しぬほどたのしかったのだ。

ライブ中、球根から空の青のイントロまで、ヴィジョンが隠れて見えなくなるが、そのときの感覚が、遠くにいて、メンバーの表情とかももちろんわからないけど、でも最高に興奮して楽しんでいた過去のライブのいくつかをいちばん甦らせる瞬間でもある。こういう距離感で楽しむTHE YELLOW MONKEY、がわたしの中に基準としてあるのかもしれない。

あの、ステージで何をやってるか実際の所よくわからないのに、天井知らずにブチあがるこの興奮はいったいなんなんだろう。THE YELLOW MONKEYが解散してから、私はどこかでこういう興奮をずっと求めていて、でもそれはやはりどこか違って、何が違うのか、そういうことをつらつら考えてみたこともあったけれど、結局よくわからなかった。そして歳月が流れ、私はだんだんもう「あのときの興奮」の名残を自分の中に探すことが難しくなっていたとおもう。それは自分が過去の事実を美化しているだけなのではないかと思うようになっていたからでもあるし、さらに言えばそれを確認することはもうできないのだろうとどこかで思っていたからでもある。いや、思うようにしていたと言った方がいいのかもしれない。「確認できる日が来る」と信じ続けているのはあまりにも不毛で、逆につらいように私には思えた。

今年の初め、THE YELLOW MONKEY復活の予想と希望がネットを駆け巡った時、私はとにかく、次に来る波がなんであれ、それに全力で乗っかる、ということをかなり早い段階で決めていた。それが自分の求めているものではないのではないかという想像はもちろんした。周囲がどのように思うのかが気になりもした。けれど、ここまであのバンドのことをしがみにしがんできた、こういうブログをやってきた人間として、この波に乗らないのは、すくなくともこの波に斜に構えたような態度を示すのは、違うだろうとおもったのだ。

代々木で15年ぶりに彼らを見て、ほんとに15年の距離が一瞬でゼロになるって思ったし、こういうものが見たかったんだよ、こういうとこが好きだったんだよって何回も何回も何十回も思ったけれど、あの日広島で、遠いステージを見ながら、私は天井知らずにブチあがっていて、そしてこの興奮こそが、何よりも私が飢えに飢えていたものだったのだと気がついたのだった。

THE YELLOW MONKEYを見ているときに感じる、生きていることの肯定と興奮は私にとってはやはり得難いものだったのだなと改めて思う。

帰りの新幹線の中でTHE YELLOW MONKEYのライヴ音源をシャッフルでかけて聴いていた。メカラ7の真珠色、大好きなPearl Light Of Revolution。淋しがりは激しいジョークをほしがるのさ 君は素敵 空の上で始まるオーケストラ…。とつぜん、涙がこぼれて止まらなくなった。THE YELLOW MONKEYがかえってきた、かえってきた、かえってきた…

そんなふうにおセンチの花を満開に咲かせたくなるほどに、心からいいライヴでした。

広島との愛ある癒着が激しい民生せんせいの名曲(この歌詞には「興行」というもののすべてがつまっている!)のフレーズをお借りすれば、「きみんとこに行くまでだんだんすごくなるよ」のまさにいま、途上!これからきっとどんどんすごくなるにちがいない、これから続いていく、ということの代えがたい喜びを、この先いろんな会場で実感できることが、なによりも楽しみです。

 
23:59 | comments(8) | -

誰そ彼

横アリにほど近い居酒屋をファンで埋め尽くし、知らない人と笑いあい、何度も泣いて、何度も乾杯し、別れ際にまた泣いて、何度も何度も手を振った。思い出の新横浜。

どうも!おセンチメートル満開野郎ぴーとです。きましたね、横アリ追加。正直、くると思ってました。今回のツアーの追加か、そうでないかはさておき、横アリでやらないわけがないと思ってました。吉井はソロで横アリはやらなかったので、私にとってもひさしぶりの…ほんとうにひさしぶりの横アリになります。って、もうチケット取れた気なの!?かんべんして!

昔自分が書いた「DECADE」ってテキストがあって、上の引用はそこからなんですが、1999年3月10日から10年後の2009年に、友人を誘って新横浜に泊まり込み、3.10のDVDをただ、見る!という会をしたことがあって、そんなことをしてしまうほどに横浜アリーナというのはなんというか…私にとってやっぱりちょっと特別なんですね。武道館という聖地はもちろんあるんですが、それはバンドとしての、ファンの総意としての「特別」であって、個人的な思い入れという点では武道館を凌ぐかもしれないと思うほど、横アリに降り積もった「デフォルメした思い出」は相当に重い想いになってる感が自分の中であります。

さて、ツアーの初日まであと…いくつ寝ればいいんですか?わかんないけど、GWが開ければすぐそこなのでもう、すぐそこです。ここまでくると、ツアー始まるまで基本的な露出は一切なし(再集結の経緯はパンフ買って読め的な)で初日を迎えるんでしょうなー。スタッフブログで書いてあった、パンフに入稿済みの未発表公演というのの解禁はいつなんでしょうか(そしてどこなんでしょうか)。あとフェスに出るの出ないのどっちなの感もあるけど、横アリを平日にぶっこまれたのでもうフェスに行く余力はたぶんない…(財力・体力・有休的に)。ツアーのチケットは、FC先行以後、各種プレイガイド先行とこの間から始まったトレードシステムをもって無事想定していた公演については揃ったという感じです。自分で言うのもなんだけど、7月のスケジュールがひどい(何しろ大阪さいたま福岡神戸全部行こうとしている困ったちゃんですからして)まさに老体に鞭打つ感じになりつつありますが、がんばります。そうそう、トレードシステム、やってみたらそんな悪いものではなかったわよ。というか、重ねて金(手数料)を取られるのがちと業腹なところはあるにせよ、激戦区以外は競争相手なしで落札できたりしてお手軽でした。初日開けてから回数ふやしたいなーとかいう人には便利に使えるのではないでしょうか。ま、代々木は入札件数桁違いだけどねやっぱり…

そういえば、ツアーの1曲目予想とかやってたね、とさっき公式サイトを見たら、志磨くんがコメントしていて、その予想がROMANTIST TASTEで、しかもコメントの中で「ALRIGHTか、ROMANTIST TASTE」つってて、マジで当てに行ってるやないかい!と思って爆笑しました。志磨くんそういうところ大好きです。私も志磨くんと全く同じ予想なんですけど、でもこれたぶんちょっとバンドに思い入れある人はこの予想に集中する気もするのよね。ってことで全然あさっての方向から攻めてきたりしたらどうしよう(どうもしない)。あと横アリ公演はスペシャルバージョンらしいので、もし横アリで開演前のSEでオマルが使われたりしたら多分その場で泡吹いてしにます(そしてただちに復活します)。あーこわい。あーたのしみ。
15:36 | comments(6) | -