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エレファントカシマシZEPP TOUR 2016@ZEPP NAMBAに行ってきたのよ

エレカシのワンマンに来たのいつ以来なんだろうなあ…と自分で自分のブログを検索してみたら(べんり!)4年前だった。場所は同じZEPPNAMBA。そのあと、宮本の耳のことがあって、日比谷の野音を外で聴いて、それ以来。今年久しぶりに一緒に仕事をすることになった先輩が数年前からエレカシにずっぱまっているというのを聞きつけて一度ご飯を食べたんだけど、その時にツアーに誘って頂いたのだ。

 

別になんというきっかけがあったわけではなく、なんとなくここ2〜3年音楽予算を削減して手足を短くして生きていたんだけど、4年ぶりのエレファントカシマシのライヴはやっぱり揺さぶられるものがあって、ものすごくあって、レポと言えるようなものでなくても自分が感じたことを残しておきたくなったりして。

 

しかし、えーと、宮本もメンバーももう50歳、そしてバンドはデビュー30周年。なにがすごいって、それだけの期間、この衝動を持ち続けていることがすごい。手癖でライヴをやるってことがこのバンドは一生ないんじゃないか。観ている間、そのエレカシの、ひいては宮本の、人間としての純度の高さに打たれまくった。ピュアネスというのとはまた違う、大人だから、純粋なだけではいられないし、勿論一敗地に塗れた人間の姿もこのバンドはいやというほど知っているのだけど、それも含めた純度の高さ。そういう人間に、あれだけ全身全霊で、立ち上がれ、と鼓舞されたら、どれだけ萎れていてももう一度腹の底に力を入れて立ち上がらざるを得ない、という気持ちになる。

 

4年ぶりだったからというのも大いにあると思うんだけど、久しぶりにやる楽曲よりも、エレカシのワンマンに行けば、まあまず間違いなく聴けるだろう、というようなド定番な曲の数々にこそぐっとくるものがあった。今回はキーボードのサポートがないというのもあって、「風に吹かれて」はあのエレカシ独特の、男くささのあるアレンジで聴けて、途端に私の脳裏につか芝居のワンシーンが音がしそうなほど鮮明に立ち上がってきて、いろんなセンチメンタルに押されて思わず涙がこぼれそうになった。アンコールで笑顔の未来へをやって、あーこれまだ定番で演奏するんだなーなんて、そんなことを最初は思っていたのに、聴いているうちにぐんぐん感極まってきて、これはいったいなんなんだろうと思ったりした。

 

ガストロンジャーやコールアンドレスポンスでの宮本の煽りのかっこよさ、どれだけ軌道をはずれてもぴたっとそれについてくるバンドとヒラマさんのサポート力、そして、そして、やっぱりファイティングマンの、言葉にできない良さ。自信をすべてうしなっても誰かがおまえを待ってる…あかん、書いてるだけで泣けてくる。俺を、俺を、力づけろよって歌詞に、これ以上ないほど力づけられる。

 

宮本はほとんどMCをせず、唯一、この間野音で、2日間やって、もう喉が熱持っちゃったみたいになるし、打ち上げだしって結構飲んだんですよ、って話し出したんだけど、やおら「これほんとにどうでもいい話なんですよ、なんでこんな話しようと思ったんだろう」って自問自答の世界に入ってたのがおかしかった。結局、飲みすぎて声が出なくなったらしいんだけど(えーっと悲鳴をあげる会場に、いや、出ないつっても出るんですけどねとかぶせる宮本)、2週間ほど断酒したらすっかり出るようになったよ!よかった!って話でした。いやほんと良かったヨ!お身体大事にネ!あとこれを後ろで聞いているときのトミがすごい微笑ましく宮本を見守っていてなんつーか…ええもん見させてもらいました…

 

そういえば!石くんが完全に赤毛のアンだったんだけど、あれは、すごいね!比喩ではなく、本当に赤毛のおさげ。暫く目が離せなかったヨ…

 

本編黒シャツ、アンコール(第二部)以降白シャツだったなー。やっぱり白いシャツの宮本、好き。四月の風をアンコールでやってくれたんだけど、大阪だからだったりするのかしら。イントロのカウント、ワン、ツー…と言いながらその間に「いい曲なんで聞いてください」ってぶっ込んできてたなー。

 

で、そこで終わりかな?と思ったら(初日のセトリ見ていたので)、間髪入れず「花男」!!飛び上がって喜んだ。いつ何時聴いても花男はいいもんだ。宮本もブチあがっていて、シャツの前のボタン全部はだけさせて煽りまくってたのに、途中でふと我にかえったのか恥ずかしくなったのかシャツの前をかき合わせながら歌うっていう可愛らしいところもありつつ、でもまた興奮して結局ドーンとはだけさせるっていう。先生の可愛らしいところいただきましたありがとうございますありがとうございます。

 

スタンディングで充実の2時間半のライヴだけど、エレカシファンはどちゃくそ長い新春ライヴや野音に慣れているからか、先輩が「まだちょっと物足りない」とか言ってて贅沢!贅沢ゥ!と思いました。しかし、何度でも言うけどほんとにすさまじいパワー。MCも殆どなくて、本当に淡々と曲を積み重ねていくという感じだけど、そこから立ち上ってくる熱と圧が桁違いすぎる。これを50代にやられてしまったら、若手のバンドはなにすりゃいいのさという感じになるのではないか、そんな余計な心配さえしてしまいそうになる。

 

男なら立ち上がれ、女だって立ち上がれ、と宮本が鼓舞していたように、ようしようし!とぐっと拳に力をこめて明日に向かう喝を入れてもらえたライヴでした。

 

00:45 | comments(0) | -

戦い(ツアー)すんで 日が(月が)暮れて

あっという間にもう10月のいっぴ。札幌の感想を書き終わって、それぞれのレポからこぼれちゃったようなツアーのことを残しておきたいなと思っていたはずなのにこの体たらく。やっぱり、日々ツイッターなどでアウトプットしていると、どっかそれで気が済んでしまうようなところがあるのかもしれない。あと若干の燃え尽き症候群というか!いやなかなかにハードデイズナイトな日々だったもんね。終わってさびしいけど、いい終わりを迎えられたという安堵感もある。

 

私のSUPER JAPAN TOURは代々木2daysで幕を開け、長野1日目、広島2days、城ホール2days、さいたま2days、福岡2days、神戸2days、横アリ2days、札幌2daysの計17本でした。フェスはRIJFとサマソニ大阪に参加。本当は、名古屋もどっちか1日行きたいと思っていたのだけれど、仕事の都合でどうしても叶わず。フェスも入れれば4ヶ月間で19本。とりあえず、行けるところは全部行った、と思う。

 

1月8日にこのツアーが発表になったときから、その時点で発表になっていなかった横浜とフェスは除いて、最初からこの本数の参加を決めていたし、チケットはあとからついてくるとばかりにかなり早い段階でほぼすべてのホテルを押さえ、札幌行きの飛行機を押さえてました。マジで予算案を組み、マジで銀行口座を別に分け、40を過ぎた大人の本気と書いてポンゲの怖さを自分で思い知るという。

 

その時点では「このあと」があるかどうかわからないというのもあったけれど、何よりも私をポンゲにさせたのは、もう、飢えたくないという気持ちが少なからずあったからじゃないかと思う。あのバンドに関しては、解散する前も、したあとも、常にどこか私は飢えていたようなところがあった気がするし、それはそのまま私の必死さへ直結していた。それが15年もの間変わらなかったというのだから、おそろしい話だ。

 

年明けにSNSを中心に彼らの「思わせぶり」なあれこれが拡散されて、いよいよ、そうなんじゃないかという話題が広まる中には、当然ながら、みんながみんな諸手を挙げて大歓迎という雰囲気ではなかった。タイミングを嘆く者もいたし、裏事情とやらを読みたがる者もいたし、単純に再結成を敬遠する者もいた。私が何を思っていたのか、とりあえず自分のホームページの日記には殴り書いたけど、でも一番強い感情として今でも心に残ってるのは「これがきっと最後のチャンスだ」ってことだった。最後のチャンスも何も、お前が決めることじゃねーわ、って話だが、しかしそうとしか言いようがない。もうたぶん、次はない。「今じゃない、なんて言ってたら永遠に『今』なんて来ない」というのはそういう気持ちから出た言葉だった。

 

とはいえ、これだけの時間と金をぶっ込んで、出てきたものがクッソつまらないものだったら、どうする?10本以上のライヴのチケットを押さえて、夢と幻想を打ち砕かれるだけだったら、どうする?そういうことを全く考えなかったわけではなかった。初日を観たあと、そんなふうに思ったとしたらどうしよう、と考えたこともあった。もし、そうだったら、そうだったら、残りの十数本は、地獄だろうな。それでも、打ち砕かれて終わりになるのなら、それが私の執着には相応しいような気もした。

 

初日のことで、今でも覚えてるのは、私自身が猛烈に緊張していたことと、友人が猛烈に緊張していたことと、すべての曲がなつかしく、うれしいものだったことと、吉井が緊張していたことと、エマが最初からザ・エマだったことと、吉井が緊張していたことと、アニーが満面の笑みを見せていたことと、吉井が緊張していたことと、ヒーセの歌うベースの健在ぶりが泣けたことと、緊張していた吉井が、途中からべろべろと皮が剥けるように顔が変わっていったことだ。そして、本編(ASIANまで)が終わったあと、これはあと、アンコールでJAMをやって終わりかななどと考えていた自分のことだ。まさか、あそこから、あれだけやるとは!よもや、飢えに飢えて待ちに待った、愛するバンドの再結成初日のライヴで、え?まだやる?などと思おうとは誰が思ったであろうか。それほどに満漢全席だった。いらないと言われても来たからには口の中にねじ込むようにごちそうを食べさせる、そういうバンドだった、このバンドは。

 

札幌のあと、友人と、今だからこそ、代々木の初日をフル尺で見たい、何が見たいって見てないようで見てるが見たい、チェルシーでもいい、もう絶対つんのめるぐらい遅いはず!などと言ってキャッキャと笑っておりましたが、だって、初日と較べて吉井のMCも球根前のエマのソロもSUCKのアニーのソロもめっっちゃ尺取ってるのに、終演時間が変わらないって、そりゃ曲のペースが上がってるからに違いない(真顔)。

 

ひとつ意外だったことは、セットリストをそれほど入れ替えてこなかったこと。いや、横アリや福島のことを思えば、じゅうぶんに変わってると言えるかもしれないし、2日間全く同じセトリというのは(たぶん)なかったのだけど、過去のツアーでガンガン日替わりを出してきていたことを思うと、そこはやっぱり意外だった。それだけ、THE YELLOW MONKEYとしてTHE YELLOW MONKEYの曲を客前で演奏する、ということに全員がある程度のラインを引いていたのかもしれない。それだけ、彼らの中のバンドの存在が大きかったし、アリーナツアーで客を引っ張れるだけの楽曲として磨き直さないと板の上には乗せない、という意識があったのかもしれないと勝手に思う。

 

ツアーの最初の頃は、ステージの上の4人にはどこか、THE YELLOW MONKEYという衣装を着ているようなところがあった(ファンにもそういうところがあった、私も含め)。それが、自分たちが着ているものがTHE YELLOW MONKEYの衣装になるのだ、というような佇まいにいつしか変わっていっていたように思う。変な話だが、亡くなった勘三郎さんが言っていた言葉を思い出したりした。歌舞伎とは何か、歌舞伎役者がやれば、それが歌舞伎なのです。考えてみると凄い言葉だ。THE YELLOW MONKEYとは何か、彼らがステージに立てば、それがTHE YELLOW MONKEYなのです…

 

これだけの本数に参加すると、いや、たとえしなくても、こうしたツアーでは必ず、どこがよかった、あそこはどうだった、こっちはこれがでた、あっちはあれがでた…という話がつきまとうし、それはツアーの華でもあると思う。ことに、これだけSNS全盛の時代にあっては、ほぼ即時に当日のライヴのあれこれが瞬時に拡散され共有される(そして私もその片棒を大いに担いできた)。しかし、どの日がベストだったかというようなことは、結局のところ観た人の数だけ答えがあり、逆に言えば、観た人の中にだけしか答えがないものなんじゃないかと思う。観客は観客の文法でしか舞台を観ることができない、私の大好きな言葉ですが、実際のところ、その日の体調や周囲の観客や、そういったもので印象というのは簡単に塗り替えられてしまう。勿論私の中にも、今ツアーで忘れがたい1本というようなものは確かにあるが、それはやはり私の個人的な事情に左右されたものでしかないという気がする。

 

好きなものや好きなことがいつまでもあるとは限らない、だからそれがあるうちは、全力で好きにならなきゃいけない、それが喪われたときに後悔しなくてすむように…。それは確かに真実だし、私も実際にそう思い、そう言いもしてきた。いつまでもあるのが当たり前だなんて思っていちゃいけない、けれど、こうも思う。そういう飢餓感に煽られながら好きでいることが果たして良いことなんだろうか?自分が勝手に煽られるだけならともかく、それを他者や、ましてや演者側が煽る必要があるんだろうか?ひとにはそれぞれ、事情がある。観客には観客の数だけ事情があり、皆、その事情と付き合いながら好きなアーティストのライヴに足を運んでいる。どれだけ回数を重ねても、後悔する時はするし、そうでなくても、満たされる時はある。わたしの17本があなたの1本にかなわないことだってあるのだ。

 

代々木の2日目に吉井の口から飛び出した、「たぶん、いやたぶんじゃない、絶対、もうTHE YELLOW MONKEYは解散しない」という言葉。それはツアーの最終盤まで恒例となった。THE YELLOW MONKEYの吉井和哉、それがおれのフルネームでいいとも言った。でも、これはたぶん未来を約束したものじゃない。未来への意思を表明しているものなんだとおもう。絶対解散しない、という約束だったとしても、それを信じきるのは、今の私にはもう難しい。でもそういう気持ちでいてくれているのだということはわかる。その気持ちに嘘がないこともわかる。そういう気持ちで帰ってきてくれたこと、それを4人が共有していることもわかる。それをツアーを通じて何度も確認できたことは、本当に幸せだった。私の愛したバンドが、メンバーにもまた愛されていると実感できるツアーだったことは、本当に幸せだったと思う。

 

THE YELLOW MONKEYがいなかった15年もの間、結局のところ私の心の最前列を彼らが明け渡すことはなかったし、彼らのライヴを観ているときの、あの生きていることの肯定と興奮にまみれたような時間は、彼らのライヴを観ることでしか補えなかったと改めて思います。15年経っても、ノスタルジーよりも速く走る興奮を真っ先に届けてくれるバンドであったことが何よりも嬉しかったし、誇らしかったです。どうかこの先も、好きなようにやっちゃってください。私はもう飢えたくないという気持ちで走り始めたけれど、大事なことを忘れていた、このバンドは、観れば観るほど飢えさせる、もっと、もっとと思わせるバンドなのだった。願わくばずっと、思い出の箱の中にしまわれずに、このバンドに振り回される人生を過ごしたい。これからも好きでいさせ続けてほしい。楽しいツアーでした。帰ってきてくれて、ありがとう。
 

11:44 | comments(4) | -

THE YELLOW MONKEY SUPER JAPAN TOUR 2016@真駒内セキスイハイムアイスアリーナに行ってきたのよ

先週の今頃は札幌の空の下でどしゃめしゃに旨いジンギスカンを食べていた…などと思い出にひたっとる場合でしょうか。さっさとレポを書かんかい!すいません。暫く「次」がないと思うと油断する私ですいません。いまだに夏休みの宿題を8月31日にやるタイプですいません。

 

最初にツアーが発表になったときは、これは…札幌ファイナルでファイナルアンサーなの?もしかして追加とかあったりなかったりなの?とかも思いましたが、まあとにかく行けるところは行こうぜ、という精神でしたので、もうね、ライヴのチケットを取るよりも早く飛行機のチケットを取ってました。その後8月に追加の発表はありましたが、札幌ファイナルというところは変わらず、北の大地で打ち上げってけっこうTHE YELLOW MONKEY的にめずらしいのでは!と思いつつ行ってまいりました。なんかね、直前まで台風が出ては消えて出ては消えてだったので気を揉んだよね…札幌は飛行機飛ばないとなるとかなり手足もがれるからね…

 

真駒内の会場は初めて行くところだったので、道中もかなり新鮮だったな〜。1日目、かなり早い時間に会場に向かってたんだけど、バスの中で私たちの前に座っていた可憐な美少女(まさに!)に、誰のライヴなんですか、楽しんできてくださいね…!などと声をかけてもらい、札幌いい街最高な街、単純な私たちはそれだけでぞんぶんにテンションがあがったもんでした。会場もこじんまりとしていて、天井の照明とアリーナの形がなんだかスペーシーで、あと入り口にロシア語?でなんか書いてあって、あれ何て書いてたんだろう、写真とってくればよかったなー。

 

1日目はスタンドのステージ真っ正面、の一番前だったので、いやー素晴らしい視界でした。遮るものがなんにもないからものすごいステージに没入できた。2日目はヒーセ側のスタンドだったんですけど、どっちも見やすくてよかったです。8月の横浜、福島と「スペシャル」と銘打たれた公演が続いたので、SUPER JAPAN TOURの流れとしては神戸ぶり、しかもその神戸で相当吉井が「終わっちゃう、終わっちゃう」と終わっちゃう妖怪と化していたこともあって、原点回帰のセットリストでくるんじゃないかなあという気がしていました。1日目は代々木の1日目と全く同じセットリストだったのではないかな?途中から2曲目にROCK STARが入ったりとセトリも変動していたので、なんだかラブコミ聴けたのがすでに懐かしく嬉しかった。2日目は変動のあったセットリスト(TVのシンガーとかROCK STARとかパールとか)が入ったので、1日目と2日目で通常メニューで出された曲コンプなんじゃ…?と思ったけど、神戸のサイキックが入ってなかった。でもセットリスト的な意味でも今までのまとめというか、総仕上げというか、そういう意味合いがあったと思うし、なのでこの日初出し、みたいなのは想定してないんだろうなーと。

 

そういえば、衣装も、吉井はファイナルが代々木の初日と同じで、ヒーセもたぶん同じ(シャツは違ったそうですが)だったので、ウワー初日の衣装で揃えてきた!と思ったけどエマは2日目の方の衣装だったのかな、初日はニジマスみたいなキラキラだったよね、すまんすまん。でも吉井が1日目と同じのを着ているのは本人的に絶対意識してるというか、そういう形でツアーを閉じる、っていうのを考えてたんだと思うんだよなあ。最初と最後がループして繋がる構図、私の大好きな、終わらない構図…

 

しかし、どれだけ次が待っていても、ひとつのツアーの終わりというのはなんというか、ひとつひとつのものに名前をつけながら箱にしまっていくようなさびしさ、いやさびしさというより切なさか、そういう感覚がどこかにあります。そのツアーにおいては当たり前のように享受していたものが(なんならたまには入れ替えてくれてもいいのよぐらい思っていた曲たちが)次のツアーでは、一部の曲を除いて次に会うのはいつになるかわからない。麗奈なんてね、バンドが解散する前だって、私自身何度聴けたか、片手に余るほどしか聴けてないわけで、そういう曲がほんとうにたくさんあるんだろうなって思いました。

 

でもこのバンドはそういう感傷よりも、興奮の速度が速くて、速すぎて、なにかを思ってしんみりする、なんて暇すら与えないほどに次から次に興奮の波が押し寄せてくる。もちろん、これで終わりじゃないという事実が何より大きいのだろうとは思うけれど、このバンドの「かさにかかって攻めて立ててくる」興奮の速度を改めて感じたファイナルでもありました。

 

速さといえば!最終日はもうアニーのドラムもすごかったですね。Chelseaの速さ!FINE FINE FINEの速さ!笑いました。あーぶっ飛ばしてんなー!って、気持ちいいんだろうなって、あと球根の前のエマのソロね!もう最初っから、今日は好きなだけ弾く!って決意が見えるような自由自在ぶり。終わったあと友人とも話してたんだけど、ほんと代々木の1日目の映像が見たい。何が見たいって「見てないようで見てる」が見たい。ツアー後半のスピードと吉井の煽りの自由自在ぶり(札幌はド直球に下ネタかましてたね、ああ、ああ、ああ、モッコリ!て中二かキミは)と初日のバリカタぶりを見比べたい!なんて。ほんとこの4ヶ月で、ぐいぐいメンバーの顔もバンドの貌も変わっていってたし、やっぱりライヴを通じて何かを得て(または喪って)いくのがこのバンドの性質ってやつなんだろうなあと。再結成(あえてこう言う)するバンドにもいろいろあるけれど、まず音源、ではなく、まずライヴ、という選択肢になったのも、頷ける気がしました。

 

1日目はスタンド最前列かつステージどセンという場所だったので、空の青のときとかね、ほんとなんていうか…今世界に私とこのバンドしかいない、みたいな没入感があって、ものすごく幸せな気持ちになりました。そしてつくづく吉井和哉というのは美しい男だよと思った。顔とか手とか皺とかいろいろパーツパーツ好きなんですけど、でも総体として美しい。あんなに見てて(いろんな意味で)飽きない人いないです。あとね、2日目の空の青のとき、アウトロのエマのスライドギターのところで、ここのところ吉井がマイクスタンドを望遠鏡に見立てる、ってやつをよくやるんだけど、それで一点を見つめるんじゃなくて、会場を見回すみたいな動きをしてたんですよね。で、吉井がちょうど私たちのいるスタンド側を向いた時、私の前にいた女の子二人が、ワーって、よしいさーん!みたいな感じで手を振ったんです。でもさ、いうまでもないことだけど、物理的には吉井はこっちが見えてないんですよ。片目を閉じてマイクを覗いてるだけだからね。でも、吉井が客席を、私たちを、望遠鏡でのぞきこんでいる、と思える。私はもともと「劇的なるもの」に強烈に惹かれる性質の人間なので、こういうのにはホント弱い。ステージでの吉井がシアトリカルだと言われる(思われる)力ってまさにこういうことだよな…!って実感しました。

 

ヒーセがブログで会場のことを宇宙船みたい、って言ってたけど、ほんとスペーシーな空間に「ホテル宇宙船」ずっぱまりだったなー。吉井も「ここ宇宙船?」って言ってたよね。初日は吉井の「とまこまい」事件があったワケですけど、ホテル宇宙船でとまこまいじゃないよまこまないだよ的なことをちょう早口で言ってたの笑いました。2日目に一音一音区切るように「ま・こ・ま・な・い!」って言ってたのも笑いました。あとちょっとどきっとした歌詞替えとしてはASIANで「キミと同じ夢を見ている」って現在形にしてた!LOVERSの前に、もう最終日だからいっぱい喋ってもいいよねとか言って、神戸でも言っていたバンド結成経緯みたいな話を結構な尺でしてたんだけど、肝心の曲の紹介のときに「そんな…モスバーガーで書いていた曲です」って強引にまとめに入ったァー!感あったのも面白かったです。

 

2日目のSUCK、1日目も吉井が例のトグルスイッチ(調べた)(もういい)(これやるの何回目?)をくわえてれろれろしてたんですけど(なんかそれで舌やけどしたと風の噂で)、2日目もいいだけれろれろしたあと、立ち上がって一瞬エマと見つめ合って、両手でエマの顔はさんでちゅっ、ってやってました。まーなんつーかわいらしい。もっとれろれろしないのかい?(どこのエロ親父だよ)なんて思ってたけどいやもうそのあとのエマの顔!あれ見た!?おまえ…なんつー!って思いました。両手で!口を!押さえるな!余韻を味わうな!絡みの前のエマのちょう上から目線で吉井を見下ろすのが割と私大好物なんですけど、その片鱗もない顔だったあれは。吉井が「再集結後初キッス、あの頃なかったおひげが痛い」とか言って、エマも律儀にヒゲ確かめたりしてましたけど、いや東京ドームの時にもエマにヒゲあったやろがい!などとダメ出しをした私だ。

 

そのエマはエマでメンバー紹介のソロの時に「離れるな」をぶっ込んでくるという鬼の所業。しかもかなり長いことやってました。ブリッジのとこまるまるやったんじゃないかなあ?んもー!そんなに!尺取るなら!ぜんぶやりなはれ!離れるななんか聴きたいに決まってるじゃないかよー!メンバー紹介といえば1日目のエマのときに吉井が「この人にかゆいところを掻いてもらっちゃいなさいよ、かゆいんだろう?」と言い出し、その「かゆいんだろう?」を節に乗せて「かゆいんだろう?かゆいんだろう?」とものすごドSの上から目線で煽ってくるという私の大好物のアレだったので、言ってる台詞はこれだけど喜んどいたほうがいいのやろうか…などと逡巡した私を許し給え。

 

そうだ、例のトグルスイッチをめぐる攻防も面白かった。吉井曰く最終日に飲み込んでやろうと思ったけどこれがめっちゃ高いらしい。エマにはそれだけはやめてくれと言われた、と言ったらエマが戯れにスイッチのカバーをはずして渡そうとするもんだから、それをすかさず吉井が奪ってパクッ。エマの「あ〜ウソウソ返して〜」みたいな顔がまた面白かったヨ…。吉井、スイッチ飲み込むフリして(しかも喉につまらせる芝居してエマが背中をトントンするっていう、なにこの小芝居)「このトグルは明日のトグロとなって出てくるでしょう。」エマも「うまい!」みたいな顔するなし!うまかねーわ!中二か!もちろん飲んだ芝居だったのであとで返してあげてましたとも。

 

2日目はアンコールいっぱつめがパールで、なんとなく「パールかな〜」とぼんやり予測はしてたんだけど、4人が出てきて、エマがギタージャキジャキ鳴らして、それで吉井がさ、オフマイクでさ、いくぞ!だったか、よし!だったか、声をかけたのよ。それに3人が「おうっ!」って答えたの、それがかんっぜんに揃ってて、もうパールのイントロの前に客がどよめいたもんね。あんなの、今まで見たことなかったから、なになに今の〜〜〜!!ってなったし、吉井に答えた声がちょっとまだ耳の中に残ってる感じすらします。そういえば、最終日はALRIGHTの時も今までになく4人がぎゅーーーーっとアニーの周りに寄っていて、その光景も心に刻まれています。

 

それまでの空気がいっぺんして、犬小屋の前になると、なんというかオラオラの吉井、いや吉井だけじゃなくメンバー4人ともオラオラでギラギラになるその空気が大好き。犬小屋はほんとこのバンドのかっこいいしかつまってない。吉井がイントロでギターかき鳴らしながら、犬小屋のことを、一生やり続けるんだろうなって言ったの、うれしかったなあ。

 

新曲の発表が出たばかりのタイミングだったので、もしやここで初お披露目…?みたいな期待感もすくなからずあったと思うんだけど、吉井は「今日ここでやれればよかったんだけど…まだ覚えてない」とのたまい、えーっえーっと不満をもらす観客に「えーって言わない!」と制しつつ、「ここだけの話だけど俺は北海道がいちばん好きだからね!?」と今、小声にする意味ある?というひそひそ声で打ち明けたり、「次やるから!ちょうど良くなってきた頃にやるから!最初とかあんまよくないんだから!」とそれ言う!?みたいなぶっちゃけをかましたり、いずれにせよ、世間よこれが「色男の口説き文句は真に受けちゃいけない2016」だという感じであった。

 

おわっちゃうね、さびしいね、と吉井が口にしたのは結局、最後のJAMの前だけだったな。昔からそうだけれど、終わる時にはもう、次を見てるんだよなーこのひと、なんてことも思い出したり。このメンバーに出会えてよかった、みなさんもいい人と言い音楽にめぐりあってください、このバンドは日本の裏国宝だと思ってるので、俺はこれを磨いて錆びさせないようにしないといけない。

ツアー中、何度となく、もう解散はしないということ、一生THE YELLOW MONKEYの吉井和哉だということをかれは口にしていたけれど、その未来を語る言葉よりも何よりも、私が今回のツアーで聴けて一番うれしかった言葉は、ちょっと時代錯誤で金ぴかで花柄のロックンロールをやっていく、と吉井さんが言ったその言葉です。時には、馬鹿なロックンロールとも言っていたかな。それしかできないけど、でもTHE YELLOW MONKEYがいると思うと、ひとりではできないこともできるような気がしてくる。ほんと、そう思います。

 

最後に写真を撮ろうといって、有賀さんが呼ばれて、最初、鶴ちゃん遠慮して離れてたんだけど、ヒーセがぐいぐい引っ張って5人で撮ったの、ヒーセらしくてほんと素敵だったし、鶴ちゃんはいったん5人で撮ったあと、さっとさがって、4人で、って4人が客席をバックに写真を撮るのを見守ってくれていたんだよなあ。本当に鶴ちゃんにも心からありがとうとお疲れさまを言いたい。時には吉井の妨害(笑)にも負けず、このグイグイグイグイ来る4人の中でほんとがんばってたし、よくぞ引き受けてくれました、と思う。

 

1日目はPA卓が目の前だったんだけど、大森さんも、倉茂さんもいらしてて、それでねえ、おふたりとも、ライヴの間中、ずっと立ってた。椅子、用意されてたけど、ずーっと立って見てらしたなあ。北海道のイベンターはマウントアライブで、そのホスピタリティもほんと素晴らしかった。たぶん、1日目、小雨だったってのもあってちょっと早く開場してくれたんじゃないかなあ。開場が押すことはあっても早まることなんてあるのかヨ〜!すげえヨ〜!あとね、細かいことだけど、座席のブロックを示す看板をスタンドと言わずアリーナと言わず設置してくれていたんだけど、それがあのモルフォ蝶の軌跡の図柄に印字されてて、つまりこのアーティストの2日間のためだけに新調してくれたというわけ。そういうところにファンは嬉しさを感じてしまうものなんですよ。

 

吉井も言っていたけど、今回のツアー全カ所定刻開演、これメンバーももちろん時間に追われるでしょうが、なによりスタッフとイベンターの地力が問われるチャレンジだったと思う。これほんとに、実際すごい快挙ですよ。全員が文字通り一丸となって、このツアーを成功させる、させなきゃいけない、って気合いに満ちていたからこそできたことですよね。

 

ツアーの総括的なことはまた別にしようかな。ともあれ、あの緊張に緊張を上塗りしたような5月11日から4ヶ月、馬車馬のように働き、馬車馬のように追いかけました。ツアー17本、フェス2本かな。しかし何度も言うようにもう「次」が提示されていて、メンバーもみんなその「次」を見据えている、興奮が感傷を最後まで上回ったツアーでした。本当にすがすがしい、こんなすがすがしい気持ちで「THE YELLOW MONKEY」の「ツアーファイナル」を迎えることができるなんて、16年前には考えられなかったし、1年前だって考えられなかった。人生一寸先は闇とはよく言いますが、一寸先が光であることもある。心から楽しい4ヶ月間でした。最終日の吉井さんの言葉にならって、最後はこの言葉で。

 

おかえりなさい。
 

03:02 | comments(14) | -

THE YELLOW MONKEY@SUMMER SONIC OSAKAに行ってきたのよ

サマソニ出るよ、土曜日は大阪だよ、って第一報が出てその土曜日がちょうど自分の誕生日、その週末は予定なし、しかも地元大阪、そりゃやっぱり…行っとかなあかんやろ!ということで2週連続のフェス参戦。

 

しかし、過酷でした!いきなりそれかいと言われるかもしれないけど、あの暑さ、日陰の極端に少ない立地、動線のまずさやトイレの少なさ、これで1日乗り切るのはほんと困難を極めると思いました。同じ会場には以前ロックロックで来たことがあって、そのときもほんっっとに暑かった…!(でも9月だったので、まだマシといえばマシ)という記憶はあったんですが、いやもう、マジでこれはきちんと考えて行動しないと倒れまっせ、というぐらいの過酷さ。

 

私の目当てはもちろんOCEAN STAGEのTHE YELLOW MONKEYだったのですが、15時50分からの予定で私が会場に着いたのが14時だったかな?その前のTWO DOOR CINEMA CLUBが14時半からだったので、そのまま直行するか、どこかのステージに寄るか迷ったけど、なにしろ暑いのとこれで入場規制とかなって入れなかったらシャレにならんな、と思ったのでそのままOCEAN STAGEに向かうことに。

 

このメインステージが入り口から最も遠い(相当!歩かされる)というのと、おそらく今日ほとんどの人がヘッドライナーのレディオヘッド目当てで来ているだろうということを考えると、レディオヘッドは全部諦めるか、見るとしても遠巻きで30分から1時間ぐらいで撤収しないと、最後のシャトルバスでしぬ思いをするだろうなという気がしました(そして実際、その予感は正しかった)。

しかし、この酷暑の中、殆ど日陰のないメインステージを組んでいるのに、そのエリアで利用できるトイレがあれだけしかない(女性が14、男性が半分の7ぐらい)というのを目の当たりにして、うーんこれは…となりましたし、熱中症予防のためには水分をたくさん補給しなくてはと思うのにしかしいざトイレに行きたくなったらどうしよう、と思うと水分補給をセーブしてしまいそうになるし、いやもうあれはちょっとマジでどうにかしないと…と思いました。男性も女性も転換時間かそうでないか関係無く常に長蛇の列でした。

 

ということでとりあえずここでトイレに行っておくしかないかとTWO DOOR CINEMA CLUBを横目で見ながら(すごく楽しかった…もっと前で見たかった)トイレミッションを完遂させて、THE YELLOW MONKEYの出番を待つことに。最初、かなりの人数が入れ替わったので、もう少し前に行こうかなーと割と突っ込んでみたんですけど、人が増えるにつれ気温と人いきれで体感温度がぐんぐんあがるし、背が低いので風も当たらずなんかもう、酸素が薄く感じるし、日差しは容赦ないし、私の中のひとが「総員撤退」を指示していたのでおとなしくそれに従いました。攻撃だけが職務ではない…!(シン・ゴジラ病)

 

わりと下がり目で見たので、周りはおそらくレディオヘッド目当てと思われる男の子が多く、それこそ「あまりよく知らないけどせっかくやるなら」という感じで見ているひとが多かった感じでした。ほぼ定刻開始だったかな?モニタに登場してくるメンバーが抜かれてたんだけど、最初に映ったアニーが「あっちい!」と言ってるのが口の動きでわかって笑いました。いやまあステージの上の気温は相当高いだろうけど、でもなあ!待ってる俺らはもっと地獄なんだよ!と言いたい私だ!

 

セットリストはSUCKのオリジナルバージョン、BURN、ROCK STAR、ALRIGHT、SPARK、楽園、バラ色の日々、パール、LOVE LOVE SHOW、JAM。ひたちなかと較べると球根がなくなってBURNが入りましたね。炎天下ということを考えるといいチョイスだったと思う!吉井はあの例の蛇をも殺す派手なピンクのシャツに黒いジャケットでしたが、BURNのなんと間奏で脱ぎ捨てるというちょっぱやぶり。いや1曲ジャケットありで歌っただけでもすごいよ…!吉井、なんか左耳を出してて、そういう髪型めずらしいな…なんかかわいい…とか思う心の余裕もだんだん生まれて来つつあり。

 

THE YELLOW MONKEYとしてはサマソニは初めて、大好きなアーティストたちと同じ場所でやれることを光栄に思う、知ってる曲があったらどんどん歌ってください、と最初のMCで言ってました。ひたちなかの時も思ったけど、やっぱりこの、ヒット曲、「皆によく知られた曲」が数ある強みって如実にあるよなあ。そういう曲ばかりで畳みかける是非はともかく、まあ再集結イヤーのフェス参加ということを考えれば、ものすごく真っ当に組んだセットリストだったなあと思います。しかし、この炎天下だし、太陽が燃えているをやるのでは!?とか思ったけどやらなかったなー、福島ではやるのかなあ…!

 

風が海からステージに向かって吹いていたので、割とメンバーの頭髪が容赦なく吹き荒らされていて、吉井もあの「わかっていてもおいしくいただいちゃう」デコ出しスタイルが本日限りの大特価セールってぐらいバンバン出てたし、でてたって言うかもう後半むしろずっとそれだし、き、貴重なものを見ている…のか…?と瞬間我に返りながらもやはりおいしくいただきました。ありがとうございます。

 

ALRIGHTのイントロのところで「人生はリベンジの連続で、俺たちにとって今日も明日もそのなかのひとつ」と言っていたり、楽園のときに「愛と勇気と絶望を」って歌いながら顔を覆った時の手が、ほんとに、さすが石膏にして保存しておきたい手ナンバー1…!と思うような美しさだったりしたのがすごく印象に残っています。ラブショーのとき、アニーのまわりに3人集まるんだけど、なにか面白いことがあったのか、歌いながら吉井がわらって「ちゃんとやれw」つって、そのまま「あなたのために歌を歌おう」をアニーをビシィ!と音がしそうなほどに指さしながら歌ってた光景とか、フェスのこんな大きなステージでも良い意味で肩の力が抜けているんだなあと思いました。

 

肩の力が抜けているといえば!最後の曲だといって俺たちのロックンロールアンセムを聞いてください、ってJAMをやったんだけど、途中「外はつめたい風」\暑い!/「街は矛盾の雨」\いいお天気!/「君は眠りの中」\起きてる!/と、何を思ったかひとりボケツッコミみたいなフレーズがぶっ込まれていやあもうめっちゃ笑いました。笑いました。新しすぎるやろ…!

 

でもね、さすが、名曲の威力。最後には猛然と客席を曲の世界に巻き込んでいてさすがでした。私の周りはほんと、吉井にシンガロング促されても1フレーズしか知らない(歌えない)って感じのコが多かったのだけど、でも吉井に誘導されて楽しく歌ってた(知ってるところはより大声で)のがかわいかったし、パールのブリッジのところで手拍子になったりするのも、そうかこういうノリになるんだな〜!と新鮮でした。

 

それにしても、THE YELLOW MONKEYを待ってる間のじりじりとした暑さがほんとに地獄で心が折れそうになりましたけど、いや実際何本か折れたけど、最後のJAMを聞いてる時に、自分の誕生日にこうしてこの曲を聞くことができてよかったって思いましたし、過酷さも含めていろいろと思い出深い1日になりました。なんだかんだこの曲にいろんなところに連れていってもらってるなあ、と改めて思ったり。

 

終わったあとはだいぶ日も傾いてきてて若干過ごしやすくはなっていましたが、いやーほんと、よくがんばった、俺!凍らせたペットボトルを持っていってよかったです、あれで命を繋いだといっても過言ではない…!日暮れまでサカナクションを密集地域を逃れてのんびり聴き、レディオヘッドはいつでも離脱できる態勢でほんの少しだけ拝見しました(スタートが押したのよねー)。20時ぐらいにバスに乗ったかな〜、その時はまだバス待ち列はほとんどありませんでした。しかし、深夜にはレディオヘッド終わりでシャトルバスに乗ろうとした人がとんだ地獄絵図を体験したと聞いて、あの過酷な状況を耐えて最後にその仕打ちかヨー!っていう。なにもかも手を引いてくれる親切なフェスがすべてではないけど、せめて生命身体に関わること(トイレとか!帰りのバスとか!)はもう少しホスピタリティをもってもバチはあたらない…!と思います!
 

22:21 | comments(9) | -

THE YELLOW MONKEY@RIJF2016に行ってきたのよ

ひたちなかよ、私は帰ってきた。

 

1月8日の再集結発表と同時に公開されたツアースケジュールでは8月がぽっかりと空いていたので、8月はきっといくつかのフェスに出るのだろうと思っていた。そしてそのうちの1本はまちがいなくRIJFだろうと思っていた(再集結の蛹の広告を発表前に掲載しているロッキンオンがこれに乗っからないわけはない)。最終日のトリではないかと予想していたのだが、前日の13日に出演することになった。奇しくも16年前に彼らが第1回RIJFに出演したのも8月13日だった。

ゆっくりめに会場に入り、サンフジンズを見たり過去のサインフラッグを見たり、名物ハム焼きを食べたりして時間をのんびり過ごした。サンフジンズでは民生が「今日はモンキーまであるからね…」と、あの4文字の略称ではなく、吉井が普段言う呼称で呼んでいるのがなんだかほほえましく、うれしかった。THE YELLOW MONKEYの出演の一つ前のグラスステージのアクトは[Alexandros]だった。ボーカルの子が途中で「今日はこのあとに大好きなバンドの出演があって…すごく楽しみにしている」と語ってくれていた。

 

PAテントの少し前あたりでTHE YELLOW MONKEYの登場を待っていた。日が落ちて肌につめたい風があたるようになって、空模様も心なしか急に雲がかってきたように感じられたけど、さすがに今日は大丈夫だろうと思った。もっと緊張するかと思ったけど、そうでもなかった。それはさすがに今日は「雨は」大丈夫だろうと思っていたからでもあるし、さすがにもう、考えすぎたり考えすぎなかったりしてあさっての方向に暴走するようなことはないだろうと思っていたからだ。再集結後最初のJAPAN誌上のインタビューで吉井もそう言っていた。16年前の出演のとき、これぞTHE YELLOW MONKEYというものを見せていなかったから、大きなリベンジのひとつだと。

 

定刻に開始。最初にアニーとエマとヒーセが出てきて、エマとヒーセがドラムに近寄り3人が向き合う形になった。1曲目はSPARKあたりの、吸引力と爆発力を兼ね備えた楽曲でくるのではないかというのが私の勝手な予想だった。しかし吉井が出てくる前にエマのギターが鳴った。SUCK OF LIFEのオリジナルバージョン。吉井はお得意のスタイルのハンドクラップをしながら登場した。マイクスタンドは回さなかった。横アリの2日目で着ていたキラキラのジャケット、シャツはシルバーのキラキラ、いやギラギラしたゴージャスなものだった。モニタで抜かれる吉井の顔はすごく緊張しているように見えたけど、でもこういう緊張と決意のある顔をしているときのこの人は間違いないんだよな、とも思った。それほど緊張しているようなのに、サングラスはしていなかった。そういう意味での内心を防御するためのサングラスをこの人はもう必要としていないのかもしれなかった。

 

SUCKはいろいろなメニューを乗せるとあっという間に長尺になってしまう曲だが、さすがにフェスの1曲目だけあって、考えられるかぎりもっともシンプルなSUCK OF LIFEだったと思う。続いて楽園。おお、知ってる、という空気が周りに流れるのがわかる。私の予想よりもかなりたくさんの「あまりよく知らないけどせっかく出るんならちょっと見ていこう」というタイプのオーディエンスがいたように思った。3曲目にROCK STAR。割と攻めるなあ、と私はおもった。私はもちろん最高に楽しいけれど、これはどういうふうに捉えられているのだろうか?と余計なことがちらりと頭をかすめた。エマとヒーセがいつものようにステージ中央でニコニコしながらすれ違い、それぞれ上手下手の客にアピールしている姿はいつ見てもいいものだが、それでもまだ吉井の顔には緊張が残っているように感じられた。

 

帰ってきたぜひたちなかー!と吉井は第一声で吼え、大きな拍手で迎えられた。雨のないひたちなかに来られてうれしいです、今日は代表曲をたくさんやりたいと思っているので、最後まで楽しんでいってください。

 

球根をやったあと、ALRIGHTのリフ。吉井はおれたちの再集結の曲だといって紹介し、ツアーではお馴染みの準備ALRIGHTのコール&レスポンスにはそれほど固執しなかった。リリースされたわけではないから、それこそ初聴きというひとも多かっただろうと思うのに、ALRIGHTにはそれこそ楽園や球根よりも場の空気を持ち上げる力があるように感じられた。はっきりとバンドエンジンが回り出したと思ったし、この空気に持っていければもう、あとは何も心配ない、というような爆発一歩手前の高揚感が客席にもステージにもあった。それをもたらしたのが他のどれでもなくALRIGHTだったのは意外で、そしてすごく嬉しいことだった。

 

ツアーの流れ通り、ここでSPARK。吉井はジャケットをここで文字通り脱ぎ捨てていた。永遠なんて1秒もいらねええ、と吉井は歌詞を替えて叫んでいた。文句のつけようのない、120点のSPARKだったとおもう。バンドの格好良さが右でも左でも真ん中でも、どこを見ても溢れてくるようだった。こういうステージだったんだよなあ、と私はおもった。16年前に私が予想して、期待していたのは、きっとこういうステージだったのだ。

 

バラ色の前のMCで、吉井は16年前のことに触れた。あの時はね、すごい雨で…。おれも空気よめないから、青いジャージなんかで来ちゃって。もうあんなことは…と真顔で語っていた吉井はすこし照れたのか、しないぜ、と少しの苦笑を交えながら語った。

 

16年前も私はたしか、このPAテントの近くで見ていたんだった。THE YELLOW MONKEYの開始前にひどく降り出した雨。前のスピッツが終わったあと、転換の際に当時JAPANの編集長だった鹿野さんがステージに出てきた。前にひとが押し寄せて危険だから、みんなすこし下がって、というアナウンスがあった。飛ぶなら上に飛んでください、今のTHE YELLOW MONKEYの曲は縦に乗れる曲だ、とも言っていた。当時はモッシュゾーンが前方に設けられていたが、そこに突入する気はまったくなかった。近づきもしなかった。3年前のフジロックフェスティバルでこてんぱんに叩かれたことはまだいやになるほど新鮮な記憶だった。吉井はジャージで、エマもものすごいカジュアルな格好で、アニーはバッサリ髪の毛を切っていた。アルバム「8」の楽曲を、ほぼ上から順になぞりましたというようなセットリストだった。発売前だった1曲を除いてすべてが「8」の中から演奏された。

 

たとえジャージでも、「8」の楽曲を上から順になぞったとしても、それが彼らの信念と、これで見に来た観客に何かを手渡せると信じてやっていたのなら、同じ条件でももっと違ったのかもしれない。でもそうではなかったんだろう。それは「やらなきゃならないリベンジ」という吉井の言葉からもそうだったんだろうとおもう。もちろん、あの雨の中のひたちなかは私の中で大事な、消えない思い出だし、あのドラマを共有できたことを代え難いと思いと共に抱いているけれど、だがこれぞTHE YELLOW MONKEYというセットリストで、世界一かっこいいと私が信じているバンドはこれです、これで好きになってもらえないのならもうしょうがない、というようなものを見せてほしいという願いは、16年前には叶わなかったことは事実だ。

 

ここにいる皆さんにも言っておかなきゃとおもうけど、もうTHE YELLOW MONKEYは生涯解散しません、と吉井は言った。THE YELLOW MONKEYにはやり残したことがたくさんある、せめてそれをやって死んでいこうじゃないか。また一緒にバラ色の日々を追いかけてくれませんか、と。

 

RIJFの出演が決まった時に、バラ色からのパール、これはぜったいやるに違いない、やってほしい、と思っていた。雨でずぶぬれになりながら聴いた「雨の中を傘をささずに」「雨は降るのに花はなかなか」。ことさら刻み込まれた記憶だった。吉井は観客のシンガロングを「素晴らしい」と讃えて聴き入っていた。続いてパール。あの疾走感のあるイントロ。吉井は「雨は降ったのに」と過去形に歌詞を替えていた。

 

THE YELLOW MONKEYの楽曲は、どちらかというと内に内にエネルギーがこめられていって爆発をする、というようなイメージの楽曲が多いが、パールは外に、外にとエネルギーが解放されていくような曲だ。「君にまた言えなかった」の「君」はあの中原繁さんのことだと吉井はかつて語ったことがあるが、だからこそあんなに、外に、天に伸びていくような力のある楽曲になったのだろうか。すっかり暮れた夜の空にどんどん音が放たれていくのが最高に気持ちよかった。空を見上げているとなんだか泣けてきてどうしようもなかった。間奏のところで皆の拳があがるのを見るのが好きだったが、この日は手拍子が湧き起こっていて、それもはじめてこのバンドに触れる人の多さを表しているように思えた。美しい夜で、美しい曲だった。わたしが今までに聴いた「パール」のなかで、おそらくもっともわすれがたいものになるだろう。君にまた言えなかった 夜がまた逃げていった…

 

しかし、感傷に浸る間もなく、パールのアウトロからそのままLOVE LOVE SHOWになだれ込む。最初の「おねえさん」を吉井は観客に歌わせていた。ステージに出てきた時の緊張の影はもうなかった。ステージで自由に息を吸い、生き生きとしているメンバーがそこにいた。アニーの前にエマが寄って、ヒーセが寄って、吉井が観客に背中を向けてアニーと向かい合って、みんな笑っていて、7月7日に吉井が「もういちどぼくとバンドをやってくれませんか」と投げかけた、その、こうありたかった「バンド」の光景を見ているような気がした。

 

ラブショーが終わった時点で時計を見ると、終演予定まであと10分ほどだった。ここでいったん捌けて、アンコールでJAMで終わりかな…とぼんやり思ったが、メンバーはステージにそのまま残っていた。観客からは手拍子。そのまま照明が点き、吉井は観客にほんとうにありがとう、最高の夜でした、と語りかけた。

 

今からやる曲は90年代の初めに書いた曲で、これから売れていこうぜってバンドがやるには重いし、長いし、いろいろと物議を醸したけど、このフェスを主催しているロッキンオンにすごく可愛がってもらって…2000年の、第1回のときには、雨でできなくて、だから今日はここでどうしてもやらなきゃいけない曲だと思っているので。もし知っているひとがいたら、英語のところだけでもいいからね、一緒に歌って下さい。

 

アニーのハイハット、そして湧き上がる歓声。MCでJAMだとわかる層ももちろんいるだろうが、吉井はおそらくそうではない観客のことも考えていただろうし、あのハイハットのあとに湧き上がる歓声を聞きたくて、曲名を明かさなかったのだろうと思う。英語のところだけでもいいからね、と言っていたのは、GOOD NIGHT数えきれぬ、のサビの英語のことを言っているのだった。そして吉井は律儀に数えきれぬ、夜を越えて、罪を越えて、僕らは強く、美しく…と観客のシンガロングをサポートしていた。涙化粧の女の子、と歌いながらアイメイクが流れたような仕草のあとにわらった顔がとてもいい笑顔だった。16年前に大勢のひとに手渡されるべきだった楽曲が、それをようやく果たすところを見られて、大袈裟でなくわたしの中の凝った思いが解けていくような気がした。

 

ここで終わりだろう、JAMのあとに続ける曲というのはなかなかに想像しにくかった。それぐらいあの曲は積んでいるエンジンがちがうと思っていた。しかしこれもアウトロから(JAMのアウトロから!新鮮が過ぎる)そのまま「あかつきにーーー!!!」と畳みかけていく。まさかの悲しきASIAN BOY。もうなんだか、どうしようもなく笑えてきた。たしかに、たしかにこれは、これぞTHE YELLOW MONKEYというセットリストに違いない!

 

見よう見まねのバラッバラのワイパー、不思議なタイミングで起こる手拍子、全部が楽しくてしょうがなかった。吉井は「牙を立てる」ところで律儀にシャツのボタンを外してから牙を立てていた。湧き起こる歓声。楽しい。みんなが好き勝手やっていて、でもこれ以上ないほど一体感があった。

 

最後の最後にステージを去るときまで、手を振って、メンバー同士じゃれあって、彼らもとっても楽しそうだった。そして終演と同時に花火。トリなので、アンコールがあるのが恒例ではあるけれど、それはなかった。でも、これは推測だけど、アンコールをさせる時間も惜しんで1曲多くやってくれたのではないか。もしラブショーのあとに捌けていたら、たぶんASIANをやる時間は残っていなかったのではないだろうかと思う。JAMはもちろん大好きだけど、最後の最後は明るく終わりたい、という気持ちもずっとあって、それすらも叶えてくれるとは、本当に今夜のTHE YELLOW MONKEYは魔法使いのようだった。

 

帰りのバスの中で、外に雨が降っていることに気がついた。海浜公園の方まで降っていたかどうかはわからないが、もちこたえてくださってありがとう、と心の底から天気の神様に感謝した(もしかしたら、民生がひたちなかに残っていてくれたのかもしれない)。雨のないひたちなかに来られたことがうれしいと吉井は二度も言葉にしていた。雨が降らなくてほんとうによかったと思う。でも、もし降っても、もうあの時とはぜんぜん違うんだよって言いたい。雨なんて気にしなくていいんだよって、何よりもそう言いたい。

 

フジロックではTHE YELLOW MONKEYのあとのレッチリが40分で中断しそのまま中止、RIJFはTHE YELLOW MONKEYのあとテントが風で飛んで中止、そのあとに予定されていたRSRはエマの自然気胸でキャンセル。呪われているようなフェス歴だと思ってもしょうがないと思う。でもそうじゃないし、THE YELLOW MONKEYが出ても、雨が降っても、音楽もフェスも続いていく。

 

あとから思えば、SUCK OF LIFEで幕を開け、悲しきASIAN BOYで幕を閉じるのは、第1回フジロックのセットリストと同じだった。偶然なのか、そこにこだわったのか、それは私にはわからないけれど、でも16年前に観たいとおもっていたもの、その願いを叶えてくれたことは間違いなかった。数々のヒットチューンと、それを何倍にも大きくしてみせるパフォーマンス、あざやかなかっこよさ。多くのひとと共有したいと思っていたものを共有できた、すばらしい時間でした。おかえりなさい、心からそう言いたい。吉井や、エマや、ヒーセや、アニーにだけではなく、なによりもTHE YELLOW MONKEYと、その楽曲に。16年前より大きな力が私を動かしてくれるのを、私はずっと待っていました。本当にどうもありがとう。
 

11:31 | comments(8) | -

THE YELLOW MONKEY SUPER JAPAN TOUR 2016@横浜アリーナに行ってきたのよ

或いは私はいかに心配するのをやめて横アリを愛するようになったか。

 

YOKOHAMA SPECIALと題された追加公演。この題目しかり、THE YELLOW MONKEYにとっても特別な場所だの、聖地だのと言われて、心がざわめかないものがいるだろうか?いや、いるかもしれないが私の心はめっちゃざわめいてました。発表になって以後、ある意味ここが私の今ツアーの山場のひとつでもありました。

 

2日目には中継が入ったので、目にされた方も多くいらっしゃると思うし、具体的なMCなんかはレポもたくさんあがっていると思うので、ってそうなると自分が自分がの自分語りに終始してしまいそうな恐怖感を今から感じますが、どうぞご容赦頂きたく。

 

この前の神戸のMCで、横浜と福島はちょっと意味合いの違うものになるので、この形態では神戸と札幌が最後…みたいなことを言っていたので、当然横アリに関係のある楽曲を中心にするんだろうと思っていましたし、だとするとオープニングは?予想していたのはFIXのRAINBOW MANか(あの脳の幕があったらどうするー?きゃっきゃっ)パンチのパンチドランカーか(カウントダウンのあとオマルが流れてきたらどうするー?きゃっきゃっ)なんて予想をしていたんですが、いや待てそうは言ってもオープニングはいつも通りの可能性もあるんぞ…?などと興奮する自分を諫めてみたりして忙しかったです。

 

なので、いつものカウントダウンのあと、暗転し、そこにあのRAINBOW MANのイントロが流れてきた瞬間、思わず友人と抱き合いました。そしてステージにはあの映像。幕見て!見て!と叫んでまた抱き合って泣きました。泣きましたとも。でもってアニーのカウントでバーン!と照明が入ってモニタが見えた瞬間、エマーー!!ダブルネックーー!つってまた泣きました。Dメロのところでステージの上で胡座をかく吉井。なんなんだよこの自分完コピ!そして私の大好きな「外野のノイズは殺せ」であの手でクビを掻き切る仕草、ありがとうございます、ありがとうございます。もはや泣くのを通り越して拝む勢い。

 

2曲目ROCK STAR。はあああああ。2曲目にこれ!この位置!パンチと一緒!!そしてオープニングからライブのボルテージと会場の温度を確実に上げる仕事師の貫禄!もういつだってROCK STARに抱かれてもいい、そう思う私だ。頭はー!で吉井が頭ぐっと掴むのもすごくいいよね…!続いてサイキック9。うんうんやっぱり神戸でのご披露は横アリ見据えての選曲やったのやね…とか浸ってる場合ではない、SPRING TOURのときはまだ発売されていなかったこの曲はツアーで初お披露目だったのだ、タイトルなんだろうね、アドレナリンリンじゃないよね、とかアホなことを言って喜んでいたことを思い出す。いやほんとこの曲に限らず、この日はそういう興奮とノスタルジーが交互に押し寄せてとんでもないことになっていた(私の心が)。

 

最初のMCで吉井がふと、「なんか、いきなりぐっときてしまった…」とか呟くから、こちとらぐっときてるどころじゃねえよおお!などと思ったり。いきなりテンションMAXになったせいなのかどうなのか、1日目は白いジャケットをお召しだったのだけど、早々に脱いでらっさいました。それでねえ、横浜は吉井もちゃんとおニューの衣装だったじゃない?(鶴ちゃんも今までずーっと判で捺したように花柄と黒を交代で着てたのに、中継はおニューの衣装だった)1日目の黒いシャツもよかったけど、2日目の白地に赤い花のやつほんとよく似合ってた。よかった。シャツ時代戻ってきてよかった。今もう当たり前にインナーなしでシャツ着てくれてるけど、インナー着てシャツ羽織ってって時代結構長かったよね…!ってこんな話してたらこのレポMAJIで終わらない。ジャケット脱いだあと、4曲目のTVのシンガーのとき、左手の袖をまくりながらMCしてたんだけど、まー黒地に白い肌映える映える。袖まくる仕草美味しいですもぐもぐもっとくださいもぐもぐ

 

TVのシンガーをやったので、個人的にはこのまま、あれが、くるのか、どうなのか、って曲の後半かなり挙動不審になってしまったんだけど、曲終わりでそのまま間髪入れず続いたのはやっぱり、ゴージャスでした。うああああああん。友達と手を取り合ってぴょんぴょん跳ねて、泣いて、跳ねて、あーほんと…どうしようもなく泣けた。またあの途中で入るご当地のコールのとこ、吉井の「ヨコハマーーーーー!!!!」があの頃のまんまで、まんますぎて、こんなに寸分違わず同じ間合いでできるものなのかって思うぐらいで、そんでもうどうしようもなく涙が止まらなかったです。

 

ゴージャスはパンチドランカーツアー113本のすべてで演奏された曲で、このTVのシンガーから繋がるアレンジはアリーナツアーでの文字通り再現で、私はなによりもこの曲にいちばん引き戻されたし、私にとっては2日間通じてもっとも「思い出深い瞬間」でもありました。

 

Tacticsのあと、いつものメニューならエマのギターとなるところで、ギターを持った吉井を青いライトが照らしたので、ああ、天国旅行だな、と思いました。横浜アリーナ、ということでチョイスされる曲だろうと思っていましたし、FIXのツアーでもっとも印象深い曲といってもいいぐらいだものね。しかし、これはソロでも1回だけやっていて、そしてその時のことをすごくよく覚えてるんだけど、沢山バンド時代の曲をソロでも聞いたけど、あの時ほど吉井和哉という人がTHE YELLOW MONKEYというバンドの天国旅行という曲をやっている、というふうに感じたことはなかった。それがなぜなのかはよくわかりません。久しぶりに聴いてもめちゃくちゃパワーのある曲で、言ってみれば積んでいるエンジンが違うとすら思う。まだその楽曲のパワーを御しきれてないというか、楽曲に引っ張られている感じもあったかなあ。途中でアニーのカウントが聞こえるんだけど、その間合いも声も懐かしくすとんと胸に落ちる感じ、楽曲というのはこういうディティールが思い出になって刻まれていくんだよなあなんてことを思ったりしました。

 

続いて創生児!ぎゃおー!これはFIXもSPRINGのも印象的だったもんね。最初に「占い神頼み相談どれも全部試した」ってところで、中継ではちょっと切れちゃってるんだけどSPRINGでやっていたあのカードを順にめくっていく仕草をやっていたので、吉井さん的にはSPRINGのものが印象深くてチョイスしたのかもしれない。中継の時はちゃんとしてるけど、1日目は弟のほうがいきなり「キキマシタカイマノナキゴト?」みたいなカタコト外国人的喋りで入ってきたのでコラ!和哉!なんばしよっと!明日それをやったら承知せんからね!とか思っていたのでよかったです。なんだろ、照れが入ったのかな。照れてどうする。あと最後がちゃんと「弱いやつはバチが当たる」とひどいことになってるのもそのままでよかったです。1日目も2日目もアウトロで吉井がなんか言ってたんだけど、友人の1人は「スットコドッコイ」って言ってるよねと言い、もう1人は「愛してます」って言ってるよねと言い、なんなのこの振り幅…と震撼している次第。

 

ホテル宇宙船、花吹雪とツアーのメニューにも入っていた楽曲が続いて、つまりとんだSICKS祭り状態。ほんとSICKS大好きなのな!な!私も好きだよ!っていうか、ここまでTacticsはかろうじて両A面ではあるけど、シングル曲なしという硬派選曲。それが今までのツアーのメニューといちばん違うところだと思うけど、ドカーンと盛り上がるパーティチューンももちろんいいけど、こういう重い球も持ってますよっていうのがホントこのバンドの魅力だよなあ…としみじみ。

 

空の青からはツアーのメニューと一体化する感じでしたね。そうそう、1日目の空の青のとき、魂が虹のトンネルを…で吉井がぴたっと歌うのをやめて、2小節(ハイスピードで駆け抜けていくのさ)歌わず、そのあとやおら曲は止めずに何小節か戻って歌い直したんですよ。なんか、最初の入りがずれたかな?とは思ったけど、何が違ってるかってまったくわかんなかったし、しかもつるっと戻って歌い直した(戻るってかなり難しいと思うんですけど)ので、今いったいなにが…状態でした。モニタで吉井の顔抜かれてたけど、シンガロング託すようなところでもないし、いやほんとあれいったいなんだったんでしょうか。いずれにしてもメンバーは吉井に瞬時に合わせたと思われる。かっこいい。

 

2日目の空の青はでも、個人的には満点!って感じでよかった。あのマイクを望遠鏡に見立てる仕草めっちゃ好きだし(どうやっても劇的にならざるを得ない、さすがだぜ)、アウトロで吉井が背中を向けてアニーのドラムをどんどんどんどんどん煽るのがめっちゃかっこよかった!エマのスライドギターもいつも以上の美しさ。言うことなし。

 

1日目、空の青のあといつもだとメンバー一旦捌けてってなるところそのまま残ってて、しかも吉井が短い煽りで「もっと見たいぜー!」的なことを言うので、あっ見てないようで見てるかなって思ったらALRIGHTで、皆ペンラ出すのに大忙し!吉井の準備〜?の煽りにも応えきれず!みたいなことになったのを反省したのか、2日目はちゃんと、今日はこの会場の思い出深い曲で構成してるけど、名刺代わりに1曲作ってきたんでー!と前振りをやっていて偉かった。やっぱりアジャスト能力高いですね。

 

SPARK、2日目は吉井が上手の花道から降りてずんずんずんずんアリーナ前の通路をかき分けて相当後ろの方まで行っていた!アリーナのAブロックで見ていたので、吉井の頭が見えては消え見えては消えって感じだった。あれたぶんアリーナ最前列は関係者席なのかな?1日目がセンター席のいちばん端だったんだけど、関係者席っぽいなと思ってはいたんですよね。あとで「うしろのほうあんな風になってんだな!」って言ってたのかわいかったです。

 

SUCKは両日ともあっさりめだったかなってもはやなにがあっさりなのかもよくわかりません。充分濃いよ!メンバー紹介を鶴ちゃんから初めてたのも新鮮だったわ…。1日目にアニーが着ていたタンクトップを、なんだそれは、赤ちゃんの水着かって言ってたのがめっちゃおかしかったんだけど、中継見てみたら2日目にアニーが最初に羽織ってるシャツのセットアップなんじゃないのアレ?っていうかアニー1日目と2日目でセットアップを中身入れ替えて着てるんじゃないの?なして…なしてそげなことを!ヒーセのこと叔父だとか野鳥の会会長とかロックンロールゴリラも久しぶりに飛び出したりしてぎゅうぎゅうに要素詰め込みながら、1日目も2日目も最後に「命の恩人」つったのにめっちゃぐっときた私だよ…ううう…泣ける話やで!

 

バラ色の前のMC、2日目のは自分で「ドラマティックにしようとしてすぐ話が長くなる」って自嘲してたけど、でも中継だからこそ、ぜんぜん知らない人も見ているかもしれないからこそ、こういう話貴重だしよかったなって思います。横アリはバンドにとっても吉井にとっても、到達した場所であり、苦闘した場所であり、奮起した場所であるということなんだろうと思う。武道館に較べれば、やっている本数は少ないけれど、そういう象徴的な公演にいつもこの場所があったということなんでしょう。

 

しかし、横アリで見るASIANはやっぱりいいですね。あの特効が遠慮会釈なくブチあがるのがいいし、あの大きな会場があの楽曲に飲み込まれる感じもすごくいい。2日目のとき上手の花道に来た吉井が唄いながらネクタイむしり取ったとこ最高でした。最高でした。下手の花道で牙を立てる、のときにボタンがひとつはずれてむきだしの胸をさらけだすように歌ってたのも最高でした。

 

アンコール1発目は1日目も2日目もパール。やっぱりあのバックの映像すごくパールに似合っててかっこいい。吉井が最初に「絶対に負けんなよーーーー!!」って言ったのもすごくよかったです。横アリ1日目と2日目でセトリ違ったのはこのあとのBURNとラブショーだけでしたね。つまり中継日に初出しになった楽曲はなかったわけで、そのあたりは大人の判断というか、万全の態勢で!って感じだったのかなー。2日目のラブショーのとき、エマとアニーが顔見合わせて首をフリフリするのお約束だけど、最近それにヒーセも加わってて、アニーはエマとヒーセを交互に見てフリフリしてて、この日は吉井が完全にアニーの方向いてお尻をフリフリしてて、絵に描いたような幸せなバンドの光景だよなあって、4人とも楽しそうで、うれしそうで…いい光景でした。ほんとうに。

 

ブリリアントは替えないで行くのかなーとぼんやり思っていたところに、SO YOUNG。これもどうやっても私にとっては思い出のつまりまくった楽曲です。あの日僕らが信じたもの、それは幻じゃない。この歌詞を何回唱えてきたかわからない15年間でした。横アリで思い出深い曲、としてこれを選んでくれたこと、うれしかったです。

 

吉井がモバイルで、自分にとってもっとも重要な曲をやる…みたいなことを言っていたので、なんだろうなって私もご多分に漏れず予想してみたりしたんだけど(天国旅行か人生の終わりかなって)、私以外にも多くの人が予想したであろうと思われる「人生の終わり」をやらなかったのは意外でした。JAMのあと、そうかー人生の終わりやんなかったかーダブルアンコとか…ない…よね…って思ってたら客電点かず、何が始まったかってスクリーンにどーん。
THE YELLOW MONKEY
SUPER JAPAN TOUR 2016
SUBJECTIVE LATE SHOW
ちゅどーん。
初日松戸!っていうのと、最終日倉敷!ってのと、えっこれ今年?今年のこと?SUBJECTIVEってタイトルにつけてる以上この曲絶対やるじゃん(そりゃそうだよ)!!え!and more?ってつまりこれ武道館に続くんだろオイオイさっさと言えヨー!!と、ライブの興奮とツアー発表の興奮で完全に脳内がショートしました。使い物にならず。なんだろうこのバンドの余韻無用な仕打ち!大好き!

 

2日目は2日目でさすがに今日はなんもないよねって言ってたら「特報」。なんとドキュメンタリー映画。THE YELLOW MONKEY 2016-2017ってことはオイこれ2017もツアーあるんじゃねえのかオイ。もしくはアルバム出るんじゃねえのかオイ。さあ、殺せえ!(床に大の字)吉井が、もう無理、と思うことでもTHE YELLOW MONKEYがあるとおもうとがんばれる、なんて言ってて、それこっちの台詞だよーんもーおっちゃん働くよー働いてまた稼いでツアーにくるよーってなりました。

 

さて、余韻無用なバンドが大好きな私ではあるのだけど、私個人はノスタルジーを味なくなるまで噛みしめるタイプのヲタですので、ここから先は完全な自分語りです。

 

私にとって横浜アリーナはやはり、パンチドランカーツアーの最終日、113本のラスト4daysを飾った場所としてもっとも記憶に刻まれていますし、この場所が私にとって「特別」なのはひとえにこのツアーの影響であるといっても過言ではありません。後年、吉井さんが自伝で書かれたように、そして今回のMCでも言及したように、あのツアーはバンドに確実に疲弊をもたらしましたし、それは後年発表された「パンドラ」という映画でも語られていたことでした。そしてその疲弊が少なからず「解散」という選択肢に影響を及ぼしたこともあったんだろうと思います。おそらく、私だけでなく多くのファンが、言葉にはせずとも、あのツアーがなければ、こんなことにはならなかったのかもと思わずにはいられなかっただろうと思いますし、それによってたとえ傲慢と言われようとも、一種の罪悪感のようなもの、あのツアーを貪欲に楽しんでいたからこそのそういった思いにとらわれた人も少なくなかったのではないかとおもいます。

 

今回のツアーで、ゴージャスがあの頃のアレンジまま聞くことができて、SO YOUNGをもう一度聞くことができて、でもオープニングで「パンチドランカー」をまた、やってくれないだろうかという願いは叶わなくて、叶った夢もあれば、夢は夢のままだったものもありました。でも、叶わなかった夢の分は、まだわたしのものにしておける。こういう言い方はおかしいかもしれないけど、再集結して、今まで限られた中で反芻して、それこそ味なくなるまで噛みしめていたバンドの楽しさ、かっこよさが一気にみんなのものになって、そうやって共有できる嬉しさと同時にすこしのさびしさもあって、でもまだわたしのものにしておける部分もあることはそんなに悪いことでもないよなって思ったりしました。

 

メンバーやスタッフがあのパンチドランカーのツアーを今どんなふうに捉えているのかは彼らだけが知ることだけれど、でも名付けというのはやはり軽く考えちゃいけないなと、しみじみ思う。パンチドランカーと名付けられたツアーはその名をまさに体現したものになった。パンドラ、という略称を考えてもそれはまさにパンドラの箱のように、いろんな災厄がその箱からは飛び出していくことになった。この神話では、パンドラは開けてはならないと言われた箱を開けてしまうが、災厄が逃げ出したあと慌ててその蓋を閉めると、中から呼ぶ声がする。あなたはだれ?問いかけると中の声はこう答える。わたし、きぼうよ。

 

先日放送されたスペシャの番組の中で、吉井和哉は「パンドラ」の映画を見て、こうして見てもこんなに壮絶だったんだ、それを見て自分の中で浄化する思いがあった、と語っている。この映画のために4人が集まって撮影されたのは2013年6月19日。その約20日後の7月7日に、かれはメンバーにもういちどバンドをやりませんか、と再集結のきっかけになるメールを送っているのだった。横浜アリーナに降り積もった重い想いには、甘さや楽しさだけではなく、切なさもあいまった苦さがあった。すくなくとも、私にとってはそうだ。でもあのツアーはいろんなものをバンドにもたらしたけれど、最後には希望を残していってくれたのだとおもう。私はもう横浜アリーナを思い出すときに切なさを感じなくてもいい。かつて遺影と言われた写真を思い出さなくてもいい。THE YELLOW MONKEYの聖地として、特別な場所として、その空気を存分に吸い込むことができる。なによりもそれがうれしかった。この場所に帰ってきてくれたこと、感謝します。ほんとうにうれしかった。ほんとうに、ありがとう。
 

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THE YELLOW MONKEY SUPER JAPAN TOUR 2016@神戸ワールド記念ホールに行ってきたのよ

レポは熱いうちに(早いうちに)書けと昔の人は言ったもんですがほんとそのとおりですね。皆様こんばんは。早いもので神戸のライヴからもう1週間近く経とうとしてますヨ!

 

ヒーセが、神戸ワールド記念ホールはTHE YELLOW MONKEYとしては初めて…みたいなこと書いてて、アレっパンチのアリーナツアーとき来てないんだっけ、と思ったら来てませんでしたね。なので98年7月の神戸国際会館以来の神戸公演ということになります。

 

吉井が福岡終わったあとモバイルで「神戸…何かが起こる?」みたいなこと書いていたので、吉井の断言は真に受けないが仄めかしは大いに真に受けるタイプのヲタとしてはなんじゃろなんじゃろ、と期待していたというか、ぶっちゃけセットリストいじってくるのかな!な!なんて思ったりしてましたが、やっぱりその通りだった!うはははは!

 

1日目の最初のMCの時、ん?あれ?吉井がギター持ってるぞ?ギターを持ってる、ということは?A HENではない!なぬー!と色めき立ったわたしです。吉井も、今日初めてこのツアーに来る人も、大阪城ホール行ったよって人もいるだろうし…(客から拍手)ね?いるよね?新鮮味がないわねって言われちゃわないように今日は初めてやる曲あるからね…などと言ってさんざんに客を喜ばせていたのであった。

 

初出しの曲だけまとめると1日目A HENの代わりにTVのシンガー、アンコいっぱつめにパール。2日目はチェルシーの代わりにサイキック9で同じくアンコいっぱつめはパール。すごい…もう完全に8月のスケジュール(横アリ、フェス)を見据えた選曲だ!とか思ったわたしです。パールはね、横アリではわかんないけどひたちなかでやらないわけなかろうとは思っているわたしであるよ。TVのシンガー、サイキック、それぞれFIXだったりスプリングだったりを彷彿とさせる選曲ですよね。

 

神戸の初日、どこがというわけではないんだけど、吉井に緊張というか、硬い空気があったように感じられて、なんでかなと思ってたんだけど、初出しの曲やるからだったりしたりしたらなんというかわいいかよ案件って感じですね!(感想には個人差があります)

 

とはいえ2日目はさすがの2日目男というか、初出し曲があろうがなかろうがぶっ飛ばしてくるあたりがね!なんだろう、緊張しぃでもあるけれど、アジャスト能力が異常に高いんでしょうね。あと周りのメンバーが常に高め安定なのもいいんだろうね。4曲目にサイキック持ってきて観客だけでなく吉井本人もブチあがったのか(そりゃアガりますよねー!)、もうA HENに行く前にジャケット脱ぎ捨ててた!いつも麗奈かFINEの前だったような気がするので、そういうところにもテンションの高さが表れてたよな〜と思います。

 

twitterのレポで書こうと思って忘れてて、そして忘れるとそれがいったいどこでなにをやったんだか1日で忘れる鳥頭で残念無念なんですけど、あのねー、吉井が投げウィンク?みたいなのやったんですよ。ウィンクを左手で受けてふーって息で飛ばすの。あれ空の青だったかなあ。空の青といえば、あのエマのスライドギターのところでマイクを望遠鏡に見立てて覗き込んでいたのがすっごく絵になって素敵だった。角度的に表情をとらえるのが難しいんだけど、のぞき込みながら、わらってたんだよねえ。

 

私が吉井にはシアトリカルな部分がある、と感じるのは、こういうところで、つまるところ演劇というのは見立てることでもあるんですよね。吉井はそういう嗅覚がものすごい優れてる。とはいえ、それは「演じる」というベクトルとはまた違ったりもするんですけれど。

 

2日目の見てないようで見てる、個人的には、この曲についてはこの日がベストじゃないかって感じるほど、よかった。何がって、楽しすぎて、楽しすぎて、楽しすぎて感極まりそうになっちゃったのだ(私がだよ)。感傷でっていうんじゃなくて、たのしー!って、それで泣けてきちゃうっていう…。1日目は「泣いてどうなるのかー!」2日目は「夢の続き−!見せて−!」と「そして神戸」をぶっ込んできたところもよかったです。

 

でもってアンコールいっぱつめのパール…!いつか聴けるだろうなって思っていた曲ではあったけれど、これもこうしてみるとあの頃に引きずり戻される曲だし、それを振り切ろうとする疾走感がすばらしいし、個人的にバックの映像の切り替えがめっちゃカッコよくてうおおおおってブチあがったし、どうやってもあの間奏で拳があがっていく光景にぐっときてしまう。

 

2日目はSUCKの絡みのときに吉井がエマの背後にまわったので「あすなろ…」「新しい…」とひとりニヤニヤしましたが最終的にはいつものスタイルでした。なんだいつものスタイルって。このところアニーの次に鶴ちゃんの紹介してたのに、1日目アニーの次「リードギター!」ときて、お、俺ぇ!?と自分を指さす絵に描いたようなリアクションをするエマがかわいかったです。吉井「鶴谷だとおもっただろう!ああたの時もあるんです!油断しないで!」っておーい!2日目はエマと鶴ちゃん交互に指さしながら「どちらにしようかな…」もうどっちでもいいからはよやれ(心の叫び)。でもって、鶴ちゃんのソロのとき、最後ムーディに終わらそうかどうしようか…って感じでちょっとグダってしまったんだけど、すかさず吉井「おまえ終わるのヘタだな!」「そういうセックスするやついるよな」「そういうセックスしてるんだろうな」ひっどい!そこに吉井「許して、愛はあるんです」くっそ…おまえ…(結局ゆるす)。2日目は2日目で鶴ちゃんを前に引っ張り出していろいろいじった挙げ句、そのまま鶴ちゃんの名前コールしようとして、慌ててキーボード前に戻る鶴ちゃんっていう…そして引っ張り出したのは自分なのに「リハーサル通りやれヨ−。あ、俺か」お前だよ!

 

しかし、大阪と神戸なんてほとんどお客さんかぶってるんじゃないかと思うのに、やっぱり雰囲気が変わったりするから面白い。神戸はなんというか、深く聴くのがうまいオーディエンスだなあという印象を受けました。最後にキーボードのソロがある曲とかで、もちろんその前に拍手は起こるんだけど、心持ちストッパーかかった感じというか、最後の音まで聞き届けようという観客全体の空気がある。如実だったのが2日目のSUCKのとき、いつものライフ、ライフ…のあとブレイクになるとこ、ほんとぴたっと静まり返って、吉井がちょっとマイクから離れたところで1回ふうっと息を吐いた音がマイクで拾われて聞こえるぐらいの静寂。あれは感動的だった。

 

なんとなくエモーショナルなMCが多かったように感じられたのも、そういう観客の空気が関係しているのかどうなのか、1日目の時点ですでに「この神戸が終わったら、横浜と福島は違う形態のライヴになるので、このツアーの流れを汲むのはラストの札幌だけ」って話をしていたんだけど、2日目はもう、その終わっちゃうさびしさが爆発しまくっていた。見てないようで見てるの煽りで「終わっちまうぞ神戸――――!!」って言われたのめちゃくちゃぐっときたし、吉井のそういう煽り大好物だし、何度も、何度も、終わってしまう、さびしい、って口に出して言っていた。

 

LOVERS前のMCだったかな、やおら結成経緯の話をしだして、自分はベースだったけどこの怖い人(ヒーセ)が来て縦社会のアレで…(ちゃうちゃう、と笑って手を振るヒーセ)そんでボーカルになったんだけどそしたら今度はエマが『ロビンやっぱオレやめるわ』(←これをエマの物まねして言ったw)って言い出して、そんときもうアニーは加入してたから、アニーも止めてくれればいいのに『それは兄貴の自由だから』とか言っちゃってさあ!前のバンドも兄弟一緒だったから、もう兄弟では(同じバンドは)いいや、って気分だったんでしょうか…ってなんかオレめっちゃ喋ってますけど!いい?いいよね?もうこのツアーも終わっちゃうしさ…さびしいですよ…」ってオイオイかわいいなオイオイ

 

2日とも、JAMの前に神戸の街のことに触れていて、smileのアルバムプロモーションの前日に阪神淡路大震災があったこと、今ある神戸の街の美しさを来るたびに感じているということ、この街を想いながらあの曲を作ったことを思い出しました、と。

吉井は昔、何度か、THE YELLOW MONKEYが解散するずーっとずっと前に、「このバンドが解散することが、ファンにとっての最大の暴力でありますように」という言葉を残していて、それはもちろん「解散」ということを意識していない、まさにこれからという時代だったからこそ言えた台詞だったわけだけれど、1日目の最後のMCでこの言葉のことに触れた。本当に若気の至りというか、あの頃はそれがかっこいいと想って言っていたんだけど、でも実際に解散することになってしまって、と吉井は言った。

解散したからこそ今ここにいられる、と言い、でもその翌日には、どこか冗談めかして25周年といっても9年活動して15年休んでるからね、と自虐的にわらい、そしてまたどこか真剣さを滲ませた口調で、バンドは長く続けないと熟成しないから、俺がこんなことを言うのもなんだけど、今あるバンドにはぜひもちこたえてほしい、とも言った。たぶんどちらも掛け値なしの本心なのだろうなあとおもう。

 

続けていたらどうなったのか?あの時手放さなかったらどうなっていたのか?それを考えないでいるのは難しいのかもしれない。でもへんな話だが、私は今に至るまでただの一度も「解散してよかった」とは思わないし、思ったとしても口が裂けてもその台詞は言いたくないが、「続けていたら」というifを考えることはしなくなった。あったかもしれない物語を追いかけるあまり、目の前のことを見のがしてしまったら本末転倒だもんね。

 

2日目の終演後、またマイクスタンドをずっと握りしめて客席を眺めていて、ぱっとマイクを離すと自分の両耳をぐっとつかんで観客の声を聴こうとしていたのがほんとうにかわいく、そしてなんだかせつなくも見えて、あー、こういう顔をされてしまうと、たまらないですね、と思いました。

 

札幌がこのツアーの千秋楽だとすれば、間の横浜福島は番外編として、この神戸はいわば前楽にあたるわけで、ある地点に到達したツアーの、その行き着くところが目の前に来つつある、という感じ…なんというか、切ない、この切なさこそがTHE YELLOW MONKEYの持つ大きな魅力のひとつだし、わたしはつくづくこういうものが好きなんだなあ…と、特にこの神戸2日目は改めて実感させられました。ステージの上のことだけではなく、自分の体調や、心境や、席や、周囲の観客や、そういった諸々の事情も含めて、こういう1本が見られればもう、悔いはないだろう!というほどにこの日のライヴは自分の中に深く刻まれるものがありました。吉井がSUCKでライフ、ライフ、と叫びながら自分の立ち位置を指さし続けていた姿がまだ目に焼き付いています。

 

さて、次はとうとう、横浜アリーナです。
わたしにとって、今回のツアーでこれ以上の「約束の地」は、たぶんない。
楽しみです。
 

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